原材料費の高騰が続く中、食品を中心に値上げはもはや日常となっている。しかし、同じ10%の値上げでも、商品によって売上への影響は5倍以上も変わるという。果たして、小売店はどう値付けをすれば良いのか。長年、小売業のDX支援に携わってきた郡司昇氏が解説する。
値上げは「例外」ではなく「日常」に
主要食品メーカー195社の2026年の飲食品値上げは、1〜11月の判明分で1万8347品目に達した。年間では2万品目台となり、2025年の2万609品目を上回る可能性がある。9月には4531品目で値上げが予定されており、これは内容量を減らす「実質値上げ」や、同一商品の年内再値上げも含む集計である。
物価動向を見ても、食品価格の上昇は総合物価を上回るペースで続いている。2026年6月の消費者物価指数は、総合で前年同月比1.7%の上昇だったが、食料は3.2%上昇した。2020年を100とする指数でも、総合が113.6であるのに対し、食料は128.6だ。
こうした環境では「値上げするか、しないか」を議論する段階は過ぎた。小売業が考えるべきなのは、原価に応じて価格を決めることではなく、データに基づき、売上や粗利益への影響を見極めながら価格を設計することだ。
価格を10%上げると、本当に利益は増えるのか?
値上げによって売上や利益がどう変化するかを考えるうえで、重要な指標がある。価格を10%上げた場合、購入する人はどれだけ減るのか。どの商品なら値上げしても買い続けてもらえるのか――。こうした問いにデータで答えるための基本的な考え方が「価格弾力性」だ。
価格弾力性は、価格が1%変化したとき、需要量が何%変化するかを示す。弾力性の大きさを比較するときは、絶対値を使うのが一般的だ。
食品など生活上の必要性が高い商品は、一般的に価格弾力性が小さい傾向がある。つまり、価格が上がっても購入をやめる人が比較的少ない商品だ。ただし、食品でも代替商品が多いものや購入を見送りやすいものは、価格弾力性が大きくなる。
主要食品カテゴリーの価格弾力性を扱った160件の研究を整理したシステマティックレビューでは、食品・非アルコール飲料の価格弾力性は、絶対値で0.27から0.81の範囲だった。牛乳は0.27、チーズは0.44と低く、果物は0.70、清涼飲料は0.75、清酒飲料は0.79だ。
同じ10%の値上げでも、売上への影響は大きく異なる
では、価格弾力性が低い商品と高い商品の違いは、実際の売上にどの程度影響するのだろうか。この中で価格弾力性が最も低い牛乳と、最も高い清酒飲料について、価格を10%上げた場合に売上高はどう変化するのか単純計算してみる。
牛乳の価格弾力性はマイナス0.27だ。販売数量は概算で2.7%減る。値上げ前の売上高を100とすると、値上げ後は1.10×0.973=1.070だ。つまり、販売数量は減るものの、値上げによる単価上昇の効果が上回り、売上高は約7.0%増える。
清酒飲料だとどうか。清酒飲料の価格弾力性はマイナス0.79だ。つまり、価格を10%上げると販売数量は約7.9%減少すると考えられる。同じ10%の値上げでも、販売数量の減少幅が大きいため、1.10×0.921=1.013となり、売上高の増加は約1.3%にとどまる。
このように、同じ値上げ幅でも商品によって売上への影響は大きく異なる。牛乳のように生活上の必要性が高く代替しにくい商品と、清酒飲料のようにブランドやカテゴリーを切り替えやすい商品では、値上げ後の需要変化が違う。
ただし、いずれの場合も粗利益額が増えるとは限らない。仕入れ原価の上昇幅と販売数量の変化を含めて判断する必要がある。
一括値上げは、客から見える商品を外してしまう
また、この結果をそのまま日本の個別商品に当てはめることはできない。カテゴリー全体と、個別のSKU(在庫管理の最小単位)やブランドでは弾力性が異なるからだ。
例えば「値上がりしたので牛肉そのものは買わない」という選択は少なくても「いつものメーカーの商品から、より安いPB(プライベートブランド)商品に切り替える」という選択は起こりうる。
小売業がデータとして見るべきなのは、一般論としての「食品の価格弾力性」ではなく、自社の店舗、商圏、商品単位での弾力性だ。
値上げ前後の販売数量を単純に比較しただけでは、価格弾力性は測れない。季節性、特売、競合価格、欠品、陳列位置、天候などが販売数量に影響するからだ。
可能であれば、類似店舗を実施群と比較群に分け「価格を変えた店舗」と「変えていない店舗」を比較することで、価格変更による影響をより正確に測定できる。難しい場合も、POS、競合価格、販促、在庫、天候による影響を考慮し、価格変更による需要減を推計することが望ましい。
一括値上げは、客から見える商品を外してしまう。価格弾力性とKVI(キーバリューアイテム)の考え方を基に、値上げ時代に求められる新しい価格戦略を解説する。



