キリンビール元社長の松沢幸一氏が、織田信長の人事政策について考察している。信長は羽柴秀吉や明智光秀といった途中入社の武将でも能力を認めれば登用し、逆に譜代の臣でもパフォーマンスが不十分な佐久間信盛などを追放した。
実力本位の人事制度
信長は年功序列ではなく、現代で言う実力本位の人事制度を導入。功績のある者には禄を与え、徳のある者には地位を与え、身分や出自に関係なく登用した。しかし、松沢氏は「信長には焦りもあったのでしょう。構造改革が早すぎて最後は光秀の謀反により、本能寺で討たれてしまう」と指摘する。
人の和の欠如
秀吉のような人心掌握の才は信長にはなく、「天の時、地の利は信長に味方しましたが、人の和においては躓いてしまった」と松沢氏は述べている。



