ANA社長・伊東信一郎、関空開港時に考案した「週末グアム」運航アイデア
ANA社長・伊東信一郎の関空開港時アイデア

全日本空輸(ANA)社長の伊東信一郎氏は、1994年9月4日の関西国際空港開港当時、43歳でダイヤグラム(運行表)を編成する「ダイヤ屋」と呼ばれる部門の課長職にあった。

関空は24時間離着陸が可能なことを売りに、内外の航空会社の新路線を誘致した。しかし、国内では夜遅くの離着陸を認める空港はほとんどなく、夜間に着陸した機体は翌朝まで駐機せざるを得なかった。ジャンボ機が一晩遊んでしまうこともあり、大きな損失となっていた。

「週末グアム」の発想

そこで伊東氏は、「片道3時間余りのグアムへ飛ばせば、翌朝までに往復できないか」と考えた。調査の結果、運行表上は可能だと判明。569席あるジャンボ機を夜間も飛ばせれば、かなりの収入になると見込んだ。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ
Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ