「ビッグステイ」(The Big Stay)という言葉が話題です。といっても日本で話題、というわけではありません。海の向こう、米国です。
ただし、ビッグステイのルーツは「日本」。高度成長期まっただ中の1958年、経済学者のジェームス・C・アベグレンが『日本の経営』で、米国と対極的な雇用の特質として示した「長期雇用」が半世紀超の時を経て、米国の労働市場でトレンドになっているのです。
ビッグステイとは何か
ビッグステイは、転職者の年収上昇率よりも、あえて現職にとどまる働き手(ステイ組)の年収上昇率が上回る現象のこと。転職を繰り返してキャリアと市場価値を高める「大転職時代」(Great Reshuffle)に対抗(たいじ)する言葉として使われています。
人材流出を防ぐため、企業がベースアップやリテンション(定着)施策を急ピッチで強化したり、景気の不透明感からリスクの高い転職を避ける心理が働いたりした結果、かつて日本型雇用の代名詞とされた「1つの会社に長く勤める」という経済的・構造的メリットが受け入れられ、転職を抑える人が増えているのです。
日本の企業も「人材の定着」を重視
そんな中、マイナビが発表した「企業の雇用施策に関するレポート2026年版(2025年実績)」によれば、企業の採用担当者が抱える人材課題において「新規人材の確保」(25.8%)よりも「人材の定着」(50.9%)を課題視する割合が大きく上回りました。外部から新しく人材を獲得することが難しくなる中、社内に目を向け、いかに人材を定着させ、活用・戦力化していくかに注視が移っていることがうかがえる結果です。
さらに同調査では、企業の84.8%が、日本国内においてもこの「ビッグステイ」の波が到来すると予想しており、そのうち「3年以内に来ると思う」と答えた企業も半数を超えています。2025年に実際に賃上げを実施した企業では、ビッグステイの到来を予測する割合がさらに高くなる傾向も見られています。
日本が切り捨てた「長期雇用」の再評価
その背景には、安定志向に加え、ベースアップの広がりやリスキリングなど教育投資の増加といった、企業側の「人を手放す処遇をし、引き留めようとする動き」があります。皮肉にも、米国流の成果主義へのシフトのなかで、日本企業が手放した「長くとどまることで得られる果実」が、今やグローバルな再評価の波に乗って、原点回帰の様相を呈しているのです。
筆者は度々、長期雇用の重要性を指摘してきたので、この動きを否定する気は全くありません。しかし、日本の経営者はこれまで「米国流=世界」といわんばかりに人材施策を輸入してきました。「雇用の流動化」を合言葉に、長く働くことが従業員にもたらすメリットを否定し続けてきました。「40歳定年説」「40歳賃金ピーク説」などを唱えるカリスマ経営者もいましたし、この数年は組織の構造改革を言い訳に、50歳以上を対象とした希望リストラも拡大しています。人をコストとしか見ていない。「人の心」がないのです。
片や米国の雇用市場の変遷を追えば、ビッグステイの動きは突発生まれた流行ではないことが分かります。2000年代頭のITバブル崩壊や度重なる経済危機の教訓を経て、シリコンバレーのテック企業をはじめとする多くの優良企業は、景気の度にレイオフと採用を繰り返すことの弊害に気付きました。外から叩いて高い報酬で人材を引き張っても、定着せず、組織が深く疲弊する。「金で買われた人は金で動く」という市場の論理を、身をもって知ったからです。
そこで、優秀な人材を流出させないために長期雇用を基本軸に据え、社内で丁寧に育成・投資する仕組みへとかじを切る企業が徐々に増えていきました。それこそが「リスキリング」です。



