インタビューゲームはなぜ世界をつかんだのか ファミ通元編集長が語る成長史
インタビューゲームはなぜ世界をつかんだのか ファミ通元編集長が語る成長史

東京ゲームショウが歩んだ30年は、日本のゲーム産業の成長の歴史と重なる。今年40周年を迎えたゲーム総合誌「週刊ファミ通」の元編集長で、業界を長年取材してきたKADOKAWAシニアアドバイザーの浜村弘一さんに、その変遷と今後の展望を聞いた。

ファミコンからPSまで、産業としての確立

日本のゲーム産業はどう成長してきたのか。浜村さんは「1983年発売の任天堂ファミリーコンピュータ以降、他メーカーもファミコン用ソフトを作るようになり、90年のスーパーファミコンが出たあたりで、継続的に企業として投資ができる『ゲーム産業』になりました」と振り返る。このころは家庭用ゲーム機のソフトでは、日本産が世界のシェア70%近くを占めたと言われているという。

「さらに94年のプレイステーション(PS)で、ソフトがロムカセットから安価なCDになったことで生産・流通に革命が起きました。PSでは立体的な3D表現もできるようになり、大人も遊べるとみた海外メーカーもゲームに参入しはじめました」と語る。

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ソニーと任天堂の対照的な進化

その後、ゲームはソフト・ハードともに進化していく。浜村さんは「ソニーは家電メーカーなので、ゲーム機も映像や音響などにこだわった進化をみせてきました。対照的に、花札、トランプなどから始まったおもちゃメーカーの任天堂は、コントローラーでの操作から生み出される『遊び』に重点を置き、WiiやSwitchなどを提案してきました」と説明する。

ソフト面では「ファイナルファンタジーⅦ」が世界を変えたとし、その衝撃について語っている。この記事の続きは有料記事となっており、残り1048文字が会員向けに提供されている。

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