牛丼チェーン「すき家」を展開するゼンショーホールディングスの創業者、小川賢太郎氏が死去した。77歳だった。「牛丼は日本のハンバーガーになる」との確信のもと、牛丼を起点に50を超えるブランドを擁する外食大手を築き上げた。
吉野家退社後、1982年にゼンショー創業
小川氏は牛丼業界の元祖である吉野家を退社し、1982年にゼンショーを設立。まずセントラルキッチンを整備し、チェーン展開を見据えた。郊外への「すき家」出店を進め、「キムチ牛丼」などのトッピング文化を広めた。駅前で男性客を取り込む従来の業態からの転換を図った。
業界の危機を成長の機会に
2003年に米国で牛海綿状脳症(BSE)問題が発生した際には、業界の危機をさらなる拡大の契機とした。小川氏は、形而上学や天文観測施設など多岐にわたる話題を周囲に投げかけていたといい、「全て経営につながっていた。思慮深い人」と評されている。



