日本電産創業者の永守重信氏は、1993年4月、49歳の時にドイツに欧州日本電産を設立。米国、東南アジア、台湾、中国と展開したグローバル化が一巡した。
創業時からのグローバル化への決意
会社設立時から「グローバル化」は明確に掲げていた。社名登記の際、英語表記から「Nidec」と海外向けブランド名も決定。近い将来必ず海外でも商売を広げると決意していた。国内では電機大手などの系列取引という大きな壁があり、新興零細企業には門戸が開かないと予想したからだ。
単身渡米と飛び込み営業
1973年暮れ、単身渡米。ニューヨーク空港から、有望企業に片っ端から電話を入れ、「モーターを売りに来た」と告げる海をまたいだ飛び込み営業を展開。ある大手電機メーカーの技術部長が「来てみなさい」と言い、すぐにミネソタ州へ飛んだ。
永守氏はこれまでに27社のM&A(合併・買収)を行い、そのすべてで黒字化を達成。企業再建の手腕にも注目が集まっている。
(本記事は、PRESIDENT 2009年11月16日号の一部を抜粋・再編集したものです。全文は有料会員限定です。)



