1781年創業の老舗製薬大手・武田薬品工業をメガファーマ(巨大製薬企業)へと押し上げる土台を築いた元社長の長谷川閑史(やすちか)さんが、80歳で亡くなった。海外製薬企業を相次いで買収し、社内を一気にグローバル化させた。財界人としても、東日本大震災からの復興に力を尽くした。
国際派として歩んだ道のり
長谷川さんは1970年に入社し、ドイツや米国に駐在するなど、社内きっての国際派として知られた。社長に就任したのは2003年。創業家出身の武田国男社長(当時)から「会社をつぶさんように、しっかりやってくれ」と後継を託された。
ただ、製薬の国内最大手とはいえ、当時の武田薬品は世界的には中堅の域を出ない存在だった。長谷川さんは就任後、海外企業の大型買収を次々と実行。買収を通じて事業規模を拡大し、世界の主要製薬企業と肩を並べるメガファーマへの道を切り開いた。
グローバル化と震災復興への尽力
社内のグローバル化も一気に進めた。外国人社員の登用や、英語を社内公用語に近い形で使用するなど、国際的な経営体制を構築。伝統ある老舗企業を、世界で戦える組織へと変貌させた。
財界人としても活動し、経済同友会の代表幹事を務めた。東日本大震災の発生後は、復興に向けた支援に力を注いだ。



