作家の献本が自宅を占拠、中古市場とApple値上げの意外な共通点
作家の献本が自宅を占拠、中古市場とApple値上げの共通点

作家の自宅が、自身の献本によって占拠されつつある。献本とは、書籍の出版時に作者へ贈られる本で、1冊出すごとに10冊から20冊が届く。本来は、作者が友人や関係者、親類縁者に贈るためのものだ。しかし、友人がおらず、故郷の村を焼いてきたような作家は、献本が自宅に滞留し続けることになる。

仮に贈る相手がいたとしても、自分の著作を受け取ることが相手にとって喜ばしいこととは限らない。場合によっては、映画『クリーピー 偽りの隣人』で隣人が手製のシチューを持ってきたかのような、狂人確定の演出と受け取られかねない。万が一、受け取る側も狂人で喜んでくれたとしても、続刊の場合には難しさが生じる。

『ベルセルク』を全巻もらえるのは嬉しいが、いきなり13巻だけもらうのは色んな意味で困るだろう。『進撃の巨人』だって、11巻から渡されるのはもはや嫌がらせだ。1巻から続けて贈れば良いのだが、若い巻は贈答しやすいため、自宅の在庫がなくなりがちなのだ。同じ相手に新刊が出るたびに贈り続ければいいが、3巻あたりで諸事情により人間関係が全て更地になることもあり、どうしても中途半端な巻ばかりが貯まる。

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献本の処分に古本屋を利用する際の課題

こうなると、処分以外に道はないが、自分の生み出した本だけに捨てるのは忍びなく、結局放置になりがちだ。我が子に暴力をふるうほどのガッツはないが、ネグレクトはするというリアルな情景に暗澹たる気持ちになる。父親もまた、自分の私物で家族の生活スペースを奪っていたことを思い出す。

このご時世、紙の本を出してもらえるのはありがたいことなのに、それを見て「放置子」や「虐待の連鎖」という言葉しか浮かばないのはどうかしている。一番良いのは欲しい人にあげることだが、それがいなければ、古本屋に売るのが一番だろう。それなら、まだ欲しい人の手に渡るかもしれないし、最終的に処分だとしても己の手を汚さずに済む。

昔であれば、同じ本の大量買い取りは受け付けてもらえないという問題があった。古本屋としても同じ本ばかりでは困るというのもあるが、「犯罪の香り」がするのも問題だと思う。実際、万引きした本を古本屋に転売する人間は存在する。だが、それをやるなら売れ線の本でやらないと意味がない。この年で万引きで生計を立てようとする時点で犯罪者のセンスに欠けるが、大して売れていない作家の本の「8巻」のみを20冊持ち込むような奴は、もはや生きるセンスに欠ける。

そうした、売れ線でもない同一作者の同一書籍を大量に持ち込む者がいたら、それは「本人」か、最低でもその親族と思った方がいい。しかし、犯罪者と思われるのも困るが、その本の筆者と知られるのも社会的に良くないし、その親類と思われるのも嫌だろう。よって、古本屋に持ち込むこともできなかった。

中古買取の進化とApple値上げの影響

だが、今は中古買取も進化している。対面買取だけでなく、送り付けるだけで買い取りを依頼でき、値がつかないものも送り返されることなく先方が処分してくれる。同じ商品ばかりでも拒否されることもなくなったらしい。しかし、それでも「中古品を流すことにより、自ら新刊で買う人間を減らしてしまう」という問題は起こる。当然、中古の売上は筆者にとって何の得もなく、中古が市場に多く出回るのはリスクでしかない。

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その問題をどうとらえているのかわからないのがAppleだ。Appleは先日、Apple Watchを含むiPhoneの値上げを発表し、ついに10万円以下のiPhoneはなくなってしまった。それを受けてすぐ、スマホの中古取り扱い店に値上げ前の中古iPhoneを確保しようとアクセスが殺到した。特に最新のiPhone 17の中古品は人気で、前週比900%増と店が発表するまでになった。

つまり、値上げするほどiPhoneは中古で買うのが当たり前となり、ユーザーと中古店のみで商品が循環し、Appleから買う人間が減ってしまうのではないか、ということだ。ただ、iPhoneにはどれだけ値上げしても最新機種を定価で買う強火ユーザー、そして私のように中古で買う知恵がなくて新品で買う情弱がバックについているので、問題ないのかもしれない。

中古買取価格の変動と作家の後悔

中古の買い取り価格は世相によって変化する。実は私の漫画もドラマ化により、ドラマ放映中は買い取り価格が上がっていたので、その時に売れば良かったと後悔している。だが、原作者が今や好機と、ドラマ放送中に自著の大量売りに乗り出すのは、あまりにも不景気の縮図すぎる。この時ばかりは万引きを疑われたかもしれない。さすがに今は思われないだろうが、「転売に失敗した人の損切り」ぐらいには思われるかもしれない。買い取る方はそんなの気にしないかもしれないが、売る方はいろいろ気になるのである。