愛知県岡崎市の中心部、かつて「西三河一の繁華街」と呼ばれた康生地区。しかし今、昼間でも人通りはまばらで、閑散とした光景が広がっている。1958年に開業した「岡ビル百貨店」は2021年に閉店し、現在は取り壊されている。これにより、岡崎から百貨店は完全に姿を消した。
百貨店消滅の背景
岡崎はかつて「愛知屈指の商都」として栄え、百貨店が街の象徴だった。しかし、郊外型ショッピングモールの台頭や消費者の嗜好変化により、百貨店の経営は悪化。岡ビル百貨店の閉店を最後に、市内の百貨店はすべてなくなった。
地元の商店主、松井さん(仮名)は「一番苦しかった時期を知るからこそ、街にはまだ可能性がある」と語る。松井さんは2025年11月に「康生百貨店」をオープンした。これは従来の百貨店とは異なり、一つの建物に店を集めるのではなく、街全体を一つの面として捉え、新しく商売を始めたい人を受け入れ、街のにぎわいの「卵」を育てる拠点として運営している。
行政の新たな取り組み
岡崎市もまた、街の役割を見直している。市が進める「QURUWA(クルワ)プロジェクト」は、岡崎城の曲輪(くるわ)に由来する名前だ。岡崎公園から康生通、籠田公園、乙川沿いを経て東岡崎駅前へ、Q字型に回遊できるエリアを一体的に整備する構想で、橋や公園、川沿いの広場を活用しながら「歩いて過ごせる街」への転換を目指している。
改札を出ると、目の前に「QURUWAプロジェクト」の案内板が設置されており、商業一辺倒ではない街づくりの方向性が示されている。
街の未来
「一つの百貨店」ではなく「街全体を百貨店に」という発想の転換。松井さんは「まだまだ頑張れますよ」と前を向く。康生地区には100年を超える老舗も多く、その経験と新たな試みが融合することで、再び賑わいを取り戻せるかが注目される。
あの日、父母と手を繋いで歩いた百貨店のような光景は、この街で生まれることはもうないかもしれない。しかし、岡崎の街の良さが消えたわけではない。賑わいを再び生み出そうと奮闘する人々がいる。今はまだ卵だという賑わいは、どんな風に身を結ぶのか。岡崎の未来は、日本の都市のこれからを示すかもしれない。



