平城京の八条大路跡を確認、轍や牛の足跡も 遷都後に造営か
平城京の八条大路跡を確認、轍や牛の足跡も 遷都後に造営か

奈良市西九条町5丁目の平城京跡で、京内の東西を結ぶ八条大路跡がみつかった。奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)が10日発表した。八条大路は8世紀前半に施工されたとみられ、710年の藤原京(橿原市)からの遷都当初は、京内南辺域は未完成だった可能性が高い。専門家は、平城京の造営過程を考える上で重要な発見とみている。

平城京の構造と調査の経緯

平城京は、唐の都・長安にならって、和銅元(708)年9月に造平城京司長官が任命されたことを契機に造営が始まった。中央を南北に走る朱雀大路を境に、東を左京と西の右京とに分け、東西方向の道路を「条」、南北方向の道路を「坊」と呼び、京内は碁盤の目状に整然と区画された。

橿考研は6月初旬から、平城京の南辺域に位置する京奈和道路建設予定地(約1170平方メートル)を発掘調査。平城京南端の表玄関(羅城門)に近い「左京九条一坊九坪」にあたる。

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出土した路面と側溝の跡

調査地北端に幅約7・7メートル、長さ約16メートル分の路面跡が出土。その南側に幅約4・3~3・8メートル、深さ約40~20センチの側溝跡もみつかった。路面維持のための補修の痕跡も確認された。

路面は少なくとも厚さ約20センチに及ぶ。轍の痕跡や牛の足跡も見つかっており、当時の交通の様子をうかがわせる。

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