月の地平線の向こうに青い地球が浮かぶ。人類が半世紀ぶりに月を目指す「アルテミス計画」で、今春に宇宙船オリオンから撮影された一枚は、地球の輪郭まで鮮明に写し出し、浮遊感まで伝わる写真だった。だが、その一瞬を捉えたのは10年前に発売されたニコンの一眼レフ「D5」だ。NASAの最先端の宇宙船で、なぜ旧型のカメラが選ばれたのか。その理由には、宇宙開発が半世紀にわたって守り続けた思想が見えてくる。
旧型D5が選ばれた理由
D5は発売当時から、暗い場所でも鮮明に撮れる高感度性能に優れたプロ向けの最上位機種として評価されていた。宇宙は太陽光が当たる部分はまぶしいほど明るい一方、影の部分はほとんど光がない。明暗差の大きい被写体を撮影するには、ノイズを抑えながら暗部を描き出す能力が重要になる。
また、撮影機材に求められるのは高画質だけではない。長期間にわたって確実に動作し続ける信頼性が欠かせない。NASAは今回、その条件を満たすカメラとしてD5を選んだ。
宇宙仕様への変更と実績
ニコンによると、今回宇宙船に積まれたD5は基本構造は市販機と同じ。ただ、カメラ内部の潤滑剤や制御プログラムなどは宇宙仕様に変更したという。D5は2017年から国際宇宙ステーション(ISS)で使われ続けてきた実績がある。宇宙では放射線の影響で地球上よりもイメージセンサーに画素欠陥が発生しやすく、画質が劣化することがある。NASAの宇宙飛行士の撮影講師を務めるポール・ライチャート氏はロイター通信の取材に対し、ISSでの運用経験や放射線環境下での安定性を評価し、「この機材には確かな実績があった」と語る。
ニコンでデジタル一眼レフ「Dシリーズ」の開発を手がけた村上研究室の村上直之室長はこう語る。「宇宙空間という過酷な環境下で絶対に失敗できない状況で使われるので、信頼性を重要視して選んでいただけている」
最新機種Z9との役割分担
ニコンの映像事業部マーケティング統括部の粟飯原崇・UX企画部長も、D5の思想を「撮り逃がしてはいけない一瞬を、必ず安定して撮らせてあげられる道具」と説明する。宇宙開発では新しさよりも、確実に動くことが優先される。その思想こそが、アルテミス計画でD5が選ばれた理由だった。
一方で、オリオンにはニコンの最新ミラーレス機「Z9」も積み込まれた。こちらはD5とは役割が少し異なる。



