桑田真澄氏、巨人2軍監督退任の経緯を激白「ユニフォーム脱いでくれと言われた」
桑田真澄氏、巨人2軍監督退任の経緯を激白

元プロ野球選手の桑田真澄氏が、8月30日に放送された文化放送『生島ヒロシの日曜9時ですよ~』(毎週日曜9:00~)にゲスト出演。昨年、巨人の2軍監督を退任した経緯について語った。

「来年も頼む」と言われていたが突然の解任

桑田氏は「来年も頼むって実は言われてた。そのつもりでいましたし、来年の2軍監督をお願いされて、喜んでやるつもりでいたんですよ」と告白。さらに「で、『コーチのスタッフどうする?』って言われたんで、『今年と同じで、来年もやらせてほしい』『そうか』っていうところまでいってた」と振り返り、翌年に向けた話が具体的に進んでいたことを明かした。

ところが、「ある日突然、『ユニフォーム脱いでくれ』と言われたんで。『え? 何があったんですか?』っていうことになって」と回顧。「なんか僕がいると、やっぱりやりづらいっていうことだったらしいんですよね」と説明し、「『それが理由であれば、僕がいる意味がないですよね』って言ってやめたんですけどね」と話した。

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選手への思いを吐露

当時の心境について尋ねられると、「とにかく選手とコーチ陣やスタッフと、もう来年できないんだと思うとすごく悲しかったですね」と吐露。続けて、「僕が監督になって、まず選手たちに言ったのは『よし、みんな俺たち勉強しようぜ、いろんなことを学ぼう。いろんな新しいことに挑戦しよう』って。定期的に勉強会をして、僕も一生懸命、自分でパワーポイントで資料をつくって。来年はこれをやりたいという準備もしていた」と振り返った。

それだけに桑田氏は、「そういうこともあって、とにかく彼らと一緒にできないんだって思うとグッときましたよね」と、選手たちへの思いをにじませていた。

番組情報と桑田氏の経歴

なお同番組は、放送後1週間以内であればradikoで聴取可能(エリア外の場合はプレミアム会員のみ)。

桑田真澄氏は1968年4月1日生まれ。PL学園高校時代では清原和博氏との「KKコンビ」として注目を集め、2回の甲子園優勝を果たす。1985年のドラフト会議で巨人に入団し、通算173勝を記録した。引退後は、2021年から巨人の一軍投手チーフコーチ補佐、投手チーフコーチ、ファーム総監督、2軍監督などを務めたが、2025年シーズンをもって退団。現在はオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブのCBOを務める。

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