「夏に弱い」健大高崎、駅伝式継投で壁破り準V 機動破壊から進化
健大高崎、駅伝式継投で夏の壁破る 機動破壊から進化

第108回全国高校野球選手権大会で、健大高崎が準優勝を果たした。甲子園では2024年春の選抜大会で優勝したものの、夏は2014年の8強が最高だった。「夏に弱い」と言われてきたチームはどう進化し、壁を打ち破ったのか。この夏の舞台裏を探った。

準決勝・天理戦の九回、4人目の石垣が締める

20日に行われた準決勝の天理戦。健大高崎は九回、最大のピンチを迎えた。試合は初回に1点を先制し、先発の佐藤麻恩(3年)がテンポの良い投球で八回途中を0点に抑え、左腕の北田莉玖(2年)につないだ。しかし、九回は北田が先頭打者の出塁を許して犠打で一死二塁にされると、代わった石田翔大(3年)も傾いた流れを止められずに二死満塁に。

4人目としてマウンドに上がったエース右腕の石垣聡志(2年)はそれでも動じなかった。会場全体に天理スタンドの「わっしょい、わっしょい」の大声援が響く中、得意のカットボールを連投。相手の5番打者を空振り三振に仕留め、チームを初の決勝進出に導いた。この試合こそが、健大が夏の甲子園を勝ち抜こうと目指してきた投手中心の守り勝つ野球だった。

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「駅伝のようにたすきをつなぐ」投手層の厚み

健大は2012年春の選抜大会で、積極的に足を絡める「機動破壊」を旗印に4強に進出。14年夏の甲子園も8強に進み、このイメージは全国に定着した。ただ、監督の青柳博文(54)は、投手層の薄さから「試合間隔が詰まってくると点を取られて勝てない状態が長く続いた」と振り返る。

24年春の選抜は、ともにプロ入りした石垣元気(千葉ロッテマリーンズ)、佐藤龍月(オリックス・バファローズ)らを擁して初の全国優勝。それでも、夏の甲子園は24年が2回戦、25年は初戦の2回戦で敗退と夏に弱いイメージは払拭できずにいた。そこで指揮官が思いついたのが「駅伝のように、複数の投手でたすきをつないでいく野球」だった。

今年3月頃から投手層を分厚くするため、強肩で、制球力もある野手を積極的に練習試合で登板させ、投手としての適性を見極めた。こうして抜てきされた佐藤は今大会2試合で先発。4番にも座りながら、13回3分の1を無失点。三塁手の石田は最速140キロ後半の直球を武器に、3回戦の佐野日大戦を締めくくり、県大会決勝では一死一、三塁の場面から登板し、併殺でチームのピンチを救ってみせた。

6投手の継投で防御率0点台、1-0の勝利3度

今大会は、この2人のほか、エースの石垣と、緩急が武器の北田、中学時代に全国優勝経験がある左の大橋叡刀(1年)と投手陣のリーダーを務める新倉大輝(3年)も登板。青柳から「投手の良いところを引き出してくれるチームの要」と信頼される捕手の大岩翔斗(同)のリードで、それぞれが持ち味を生かした小刻みな継投策がはまり防御率は0点台。6投手の登板は、優勝した智弁和歌山と同じく出場チームの中で最も多かった。

この投手陣を守備陣が好守で支え、健大は6試合中3試合を1―0で制した。決勝も1点差の惜敗で、青柳は報道陣に「うちにすごい投手はいないけど、みんながつないで良くやってくれた」とたたえた。

青柳はこうも話す。「機動破壊という言葉が消えた時にやっと健大の日本一が見えてくる」。実際、今大会の健大について報じたメディアの多くが投手力や守りを強調した。

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