「弓道で日本一になる」と練習に励み、初めて全国総体の切符をつかんだ加隈選手(八代白百合2年)。決勝は「射詰」方式で行われ、1本ずつ矢を放ち、外した選手から敗退する。加隈選手は4射目まで見事に的中させたが、5射目から小さい的に変更されると「実際以上に小さく見えた」。動揺から矢は的の左側に外れて脱落し、入賞も逃した。
この日は予選、準決勝を順調に勝ち進んだ。「大舞台でも焦らず、普段通りにできた」と振り返る。
最終調整中に激しい揺れ
加隈選手は八代市内の弓道場で最終調整をしようとした際、激しい揺れに襲われた。練習を切り上げて帰宅すると、家族は無事で、同市内の自宅にも大きな被害はなかった。ただ、周辺では多くの家屋が倒壊し、学校の弓道場も使えない状態となった。
「本当に会場にたどり着けるのか。出場できるのか」と不安になったが、両親には「心配せずに、自分のことに集中しなさい」と背中を押された。7月30日に車で同市を出発し、博多駅で新幹線へ乗り継いで大阪市へ。2日ぶりに練習できたが、このときは調子が悪かった。31日、会場のある和歌山県田辺市に入ってようやく、感覚を取り戻した。
家族の声援を力に「来年こそ日本一」
決勝の観客席からは、両親、弟、祖父母が声援を送ってくれた。「地震で大変な中でも、みんなが駆けつけてくれたのが力になった」。だから、涙を拭って誓った。「緊張しても自分の射ができるようさらに練習を重ね、来年こそは日本一になる」
(津田啓生)



