東京都多摩地区出身の筆者は、幼少期に父から教わった釣りをきっかけに海への関心を深めた。釣り糸を通して感じる生命の力強さや、釣り上げる魚の多様な姿に心を奪われ、海の中の世界への想像を膨らませていた。
平成15年4月、東京水産大学(現在の東京海洋大学)に入学し、先輩から潜り方を教わったことで、海との距離は一気に縮まった。以後、海中での写真撮影や銛での魚獲り、採集・飼育など、海をフィールドに活動を広げた。
小笠原海洋センターとの出会い
大学2年生の頃、新たな環境での経験を求めて目に留まったのが、東京から南へ1000キロ離れた小笠原諸島・父島にある小笠原海洋センター(現在は認定NPO法人エバーラスティング・ネイチャーが運営)のボランティア募集案内だった。
小笠原諸島は独自の生態系を持つことから「東洋のガラパゴス」とも呼ばれる。海洋センターは海洋生物の調査研究に加え、ウミガメの飼育展示などを通じて地域の海洋教育にも貢献している。
平成17年2月、東京・竹芝から出港する「おがさわら丸」に25時間半揺られ、父島に到着。海洋センターには10人以上のボランティアが参加しており、年齢や性別、社会的立場、参加目的はそれぞれ異なっていた。共同生活を通じて、それまで接点のなかった人々と親しくなり、筆者の価値観や人生観が広がっていくのを実感したという。
ザトウクジラとの運命の出会い
活動の中で、ザトウクジラの調査船に乗る機会を得た。ザトウクジラは夏季を高緯度海域で過ごし、冬季に低緯度海域で繁殖や子育てを行う。父島周辺には12月から5月に来遊し、ホエールウオッチングなどの観光資源としても注目されている。
大型のクジラだが、水面に姿を見せる時間は限られており、探索は容易ではなかった。手掛かりは呼吸によって立ち上がる巨大な噴気だ。頭頂部の噴気孔から吐き出される呼気が潮を吹くように見える。噴気を見つけると船をその方向へ走らせ、次の浮上を待ちながら少しずつ距離を縮めていく。
そしてついに、クジラが目の前に現れた。噴気とともに頭が水面に現れ、生温かい息と独特の匂いを感じた。黒く大きな背中がゆっくりと水面を進み、最後に尾ひれを高々と上げると、ほとんど波を立てず海中へ消えていった。慌てて箱眼鏡を手に取り水中をのぞき込むと、小笠原の青い海にその全身をとらえることができた。
「海の中には、こんなにも美しく、存在感のある生き物もいるのか」と胸が高鳴り、その姿は今も鮮明に記憶に残っている。この出会いをきっかけに、筆者はすっかりクジラに魅了された。