安土城が荒れ放題、国の特別史跡が廃墟化の危機 信長築城450年
安土城荒れ放題、国の特別史跡が廃墟化の危機

安土城、国の特別史跡が荒れ放題に

織田信長が築いた安土城(滋賀県近江八幡市)は、本能寺の変後、中枢部が焼失したものの、石垣や建物の礎石が残り、往時の姿を偲ばせてきた。しかし現在、その史跡は荒廃が進み、歴史評論家の香原斗志氏は「整備ができておらず、破壊が進んでいる」と指摘する。

令和8年(2026年)は、信長が安土城の築城を開始してから450年の節目の年である。天正4年(1576年)1月、琵琶湖東岸の内湖に突き出た安土山で築城が始まった。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも、信長(小栗旬)が「新しい景色が見とうなった。安土に移る」と語る場面が放送され、築城の意義が描かれた。

信長は家督を嫡男の信忠に譲り、自らは天下統一に専念する拠点として安土城を築いた。太田牛一の『信長公記』には、「一月中旬から近江の安土山に築城を開始するよう、丹羽長秀に命じた。二月二十三日、信長は安土城に移った」と記録されている。さらに、尾張・美濃・伊勢・三河・越前・若狭、畿内の諸侍、京都・奈良・境の大工や諸職人を召集し、瓦焼き職人の唐人一観も召し出して、5重7階の天主を唐様に仕上げる大工事が行われた。

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石垣の上に樹木が茂り放題、破壊が進行

香原氏が現地を訪れると、安土城の石垣の上には樹木が生い茂り、根が石垣を押し広げて崩壊の危険があるという。整備が行き届かず、草木に埋もれた「廃墟」と化した部分も目立つ。国の特別史跡でありながら、放置された状態が続いている。

「どうして、もっと大切にしようとしないのか」と香原氏は疑問を呈する。他の山城では整備が進んでいる例も多いが、安土城はその重要性にもかかわらず、保全が後回しにされている現状がある。

城址の所有者に問い合わせたところ、管理の難しさや予算不足が背景にあるとみられる。整備を急がなければ、石垣の崩落や構造物の劣化がさらに進み、取り返しのつかない損傷につながる恐れがある。

全国的な山城整備の流れに取り残される安土城

近年、全国の山城では、ユネスコ世界遺産登録を目指す動きや、観光資源としての整備が進んでいる。しかし、安土城はその規模と歴史的価値に比べて、整備が遅れている。信長の権威と権力を象徴する城であり、築城450年を機に、抜本的な保存対策が求められている。

香原氏は「整備を急がないと、破壊が進む一方だ」と警鐘を鳴らす。安土城の現状を多くの人に知ってもらい、保存への関心を高める必要があると訴えている。

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