教員の「半世紀ぶり処遇改善」も変わらぬ残業代なし自腹購入…善意で回る教育現場が持続不可能な盲点
教員処遇改善も残業代なし自腹購入…善意で回る教育現場の盲点

教員の処遇改善が「半世紀ぶり」と評価される一方で、依然として残業代が支払われない実態や、自腹での備品購入が常態化している。善意に依存する教育現場の持続不可能性が指摘され、熱心な教員とそうでない教員の間の分断が深刻化している。一般財団法人ドラゴン桜財団代表理事の西岡壱誠氏が問題の核心を分析する。

残業代の定義が難しい現場

学校における「残業」の定義は極めて難しい。先生が生徒と話すことはすべて「教育」であり「残業」なのかという疑問がある。熱心な教員は放課後に生徒と交流するが、軽い談笑まで残業代として計上すべきかという論点が残る。このように、教員の残業代をめぐる議論は複雑な側面を抱えている。

自腹購入の実態:75.8%の教員が経験

働き方の歪みは勤務時間だけにとどまらない。研究者の集計によれば、1年間に何らかの自腹を切ったことがあると答える公立学校教員は75.8%にのぼる。学級文庫の本、家庭訪問の交通費、教材の備品、行事の備えなど、これらの費用が教員個人のポケットから出ている。地方の学校では、教員が部活動の生徒を送迎するために大型車を購入するケースもあり、学校からの補助はなく、ガソリン代も自腹だ。表面上は「生徒のため」と本人が納得しているが、これを「当然」とする職場文化が定着すれば、自腹を切らない教員が「冷たい」と評価される構造が生まれる危険性がある。

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自腹は本来、組織が負担すべきコストを個人に転嫁する現象であり、その慢性化は学校組織のリソース不足を示している。この問題も、「頑張る教員」の善意によって表面化が遅れてきた側面がある。

「頑張る先生」が煙たがられる逆転現象

残業と自腹の問題の根幹には、教員の熱量をどこまで組織として支援するかという点がある。近年、現場で特に目立ち始めているのは、熱心な教員と「残業しない」教員の間に広がる温度差だ。例えば、生徒との関わりを楽しみに残業代を請求せず土日も学校に来る教員に対し、管理職が「来るな」と注意するケースがある。管理職は、その教員が来ることで「他の先生も土日に来なければならない」という暗黙の圧力が発生することを懸念している。一人の熱量が学校全体の働き方改革の足を引っ張る結果、管理職は組織全体の労働時間管理の観点から、頑張る教員を「止める」必要が出てくる。

これは個別の管理職の判断というより構造的な現象だ。学校全体として時間外勤務を減らすことが求められる中で、「一部が頑張る」ことが許容されると、その熱量が暗黙のスタンダードになり、全体の負荷が下がらない。そのため、頑張る教員ほど「早く帰ってほしい」「土日には学校に来ないでほしい」と言われる立場に置かれる。

熱心な教員のジレンマ

熱心な教員自身は、生徒のためにやっているつもりだ。授業準備に時間をかけ、放課後の質問に丁寧に答え、必要なら自腹で本を買って学級文庫に並べる。かつての基準では「いい先生」の典型像だが、その振る舞いが現在の学校組織では「他の同僚の働きやすさを阻害する存在」として受け取られかねない。

このように、善意で回る教育現場は持続不可能であり、組織としての支援と制度の見直しが急務となっている。

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