「親バカですが」の「が」を外せ!子どもを無条件で肯定する家庭の力
「親バカですが」の「が」を外せ!無条件の肯定が子どもを強くする

「親バカですが」――この言葉に含まれる「が」を外し、家庭を「心の安全基地」にすることが、比較と劣等感が渦巻く現代社会で子どもが健やかに育つ鍵だと、教育デザインラボ代表理事の石田勝紀氏は指摘する。石田氏は「根拠のない自信」こそが子どもを強くするとし、その自信を育てられるのは親だけだと強調する。

「持ち上げる」とは無条件の肯定

石田氏が言う「持ち上げる」とは、単なるお世辞ではない。子どものありのままの姿を丸ごと肯定し、「あなたはそのままで素晴らしい存在なんだよ」と伝え続けることだ。学校の先生が褒めてくれることも、友達が認めてくれることもある。しかし、それらはどうしても条件付きになりがちだ。テストで良い点を取ったから褒められる、試合で活躍したから認められる――何かを「できた」から評価される構造から逃れることは難しい。

しかし、親だけは違う。子どもが何かをできてもできなくても、成績が良くても悪くても、「あなたがいてくれるだけで嬉しい」と心から思える。その無条件の肯定こそが、親にしかできない最大の役割だと石田氏は説く。

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外の世界は比較と劣等感の嵐

子どもが一歩家の外に出れば、そこには比較と劣等感の嵐が待っている。学校ではテストの点数で序列がつけられ、部活ではレギュラーと補欠に分けられる。友達との間でも「あの子はできるのに、自分はできない」という感覚に何度もさらされる。

さらに、SNSが当たり前の時代となり、他者と自分を比較する機会は、親世代が子どもだった頃とは比べものにならないほど増えている。スマートフォンを開けば、キラキラした同世代の投稿が目に飛び込んでくる。自分より勉強ができる子、スポーツが得意な子、容姿が整った子の情報が際限なく流れてくる。大人でさえSNS疲れを感じるのだから、まだ心の発達途上にある子どもたちが受けるダメージは計り知れない。

家庭を「心の安全基地」にするために

こうした外の環境に対抗するには、家庭が「心の安全基地」となる必要がある。石田氏は、親が子どもを無条件に肯定し、何があっても味方でいることを伝え続けることで、子どもは「根拠のない自信」を培うことができると述べている。この自信こそが、比較の嵐の中でも自分を見失わずに生き抜く力になるという。

「親バカですが」という言葉には、子どもを誇りに思う気持ちの裏に「でも、客観的に見るとそうでもないかも」という遠慮が潜んでいる。石田氏は、その「が」を外し、堂々と「親バカです」と言える親の態度が、子どもの自己肯定感を育むと主張する。無条件の愛と肯定が、子どもの心の土台を強くするのだ。

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