紀伊水害15年、母亡くした女性「幸せに生きている、それが供養」大雨で慰霊碑訪問断念
紀伊水害15年、大雨で慰霊碑訪問断念の遺族「幸せに生きることが供養」

2011年の紀伊水害から15年となった4日、遺族らは犠牲者を悼んだ。母を亡くした和歌山県新宮市の大前幸子さん(82)は、大雨のため追悼行事への参加を見送った。

母との思い出と、あの日の出来事

大前さんの母・習子さん(当時88歳)と暮らしていた家は、熊野川の支流沿いにあった。あの日、「バリバリ」という大きな音とともに家ごと流された。大前さんは2キロ下流で木の枝に引っかかり、九死に一生を得たが、母の姿はどこにもなかった。

懸命の捜索のかいなく、母は見つからず、1年後、法的に死亡と見なす「失踪宣告」の手続きを行った。

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今も続く母への思い

今も遺影を目にするたび、「お母さん、今どこにいるの?」と語りかけてしまう。あの時、自分が命拾いしたのは「母が助けてくれたから」と思うこともある。母が夢に現れないのは、娘を守って人生を全うしたということ――。そう言い聞かせてきた。

喪失の悲しみは消えないが、長男や次男ら家族と一緒に暮らす今、孫やひ孫と過ごす時間が何よりの喜びだ。

大雨で断念した慰霊碑訪問

4日は、妹の光湖さん(79)と共に熊野川沿いに立つ慰霊碑を訪れるつもりだったが、断念した。

大前さんは「行きたかったが、15年前のように雨が降り続き、土砂崩れなどが危険で怖く、あきらめた。今はどこで何が起きるか分からない。自宅でそっと手を合わせます」と話した。光湖さんは「私も姉も、幸せに生きている。それが母への供養だと思う」と語った。

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