宮古・田老で初の夏場避難訓練、熱中症やクマ対策も確認
宮古・田老で初の夏場避難訓練、熱中症やクマ対策も確認

東日本大震災で高さ約16メートルの津波が押し寄せ、180人以上が犠牲となった宮古市田老で、地元のNPO法人「津波太郎」と県立大が連携し、様々なケースを想定した実践的な避難訓練を実施している。例年開催する3月に加え、今年は初めて夏場にも行い、熱中症のリスクなどを踏まえた避難行動を確認した。震災から11日で15年半。いかに災害から命を守るか、試行錯誤が続いている。

災害以外のリスクにも注意

「夏の避難では、熱中症やクマとの遭遇など、災害以外のリスクに注意する必要がある」。田老地区の中心部にある道の駅「たろう」で今月5日、同大の学生が避難訓練に参加した住民ら約20人に呼びかけた。

訓練は地震による津波が発生した想定で行われ、住民らは道の駅から約1.4キロ先の高台にある公園まで徒歩で向かった。クマ対策として、犬の鳴き声が流れるスピーカーや獣よけの線香を携帯。熱中症の疑いで歩けなくなった人を担架で運ぶ手順も確認した。

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6日未明には就寝中の揺れを想定し、住民らは暗闇をライトで照らしながら、避難場所を目指した。

参加した住民(80)は「地震はいつ来るかわからない。熱中症グッズの使い方を学べたので、今後用意しておきたい」と話した。

田老の教訓継承

田老地区は、過去に何度も津波に襲われてきた。市によると、1896年の明治三陸津波では1850人以上が亡くなり、1933年の昭和三陸津波では900人超が犠牲になったとされる。

同NPO前理事長の大棒秀一さん(75)によると、子どもの頃には、昭和三陸津波が発生した3月に避難訓練が行われていた。深夜の訓練後にはたき火を囲みながら、「枕元に着替えを置いて寝るように」といった年長者の話に耳を傾けたという。大棒さんは「教訓が田老のDNAとして語り継がれてきた」と振り返る。

ただ、近年は夜間訓練を実施していなかった。大棒さんは県立大で地域防災を専門とする杉安和也准教授に声をかけ、22年から共同で夜間訓練を復活させた。

県立大生が発案

今回初となる夏場の訓練を発案したのは、同大総合政策学部4年の和田美優さん(21)だ。北上市出身の和田さんは6歳の時に震災を経験。母親と車に乗っている最中に揺れに見舞われ、信号機が倒れそうなほど左右に揺れていた光景は今も鮮明に覚えている。沿岸が津波に襲われる映像を見て、「避難行動の選択肢を示すことで、一人でも多くの命が救えたら」と大学で防災の研究に没頭する。

今回の訓練では、参加者の少なさが課題として残った。訓練内容を企画した和田さんは「より多くの地域の人に参加してもらえるよう訓練を工夫していきたい」と意気込む。大棒さんは「教訓は受け継がれていくことが大事。若い学生が田老に学びに訪れてくれるのはうれしい」と若者たちの姿勢に目を細める。

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