福岡市東区の海の中道大橋で2006年、3児が犠牲になった飲酒運転事故。当時、海に転落した幼子の救助に当たった海上保安官が取材に応じ、「一刻も早く生きて助け出したい」と漆黒の海に飛び込んだあの夜から20年が経過した。現在も他機関との連携強化や救助技術の向上に取り組み続けている。
漆黒の海での捜索
第7管区海上保安本部(北九州市)救難課長の土屋智樹さん(52)は7月下旬、大橋の上で20年前の事故について「この橋に来るたびに思い出しますね」と語った。
事故が起きた06年、土屋さんは福岡海上保安部の巡視船「はかた」の潜水士チームの班長だった。「橋から車が転落したようだ」との一報を受けたのは、福岡市内の官舎で就寝の準備をしていた午後11時前だった。ウェットスーツに着替えて現場に到着すると、橋の上には警察や消防の車両が集まっていた。飲酒運転の車に追突され、海に落ちた車に乗っていた大沼かおりさん(49)家族5人のうち4人はすでに救助されていたが、子ども1人が行方不明という情報だった。
救助から20年、続く取り組み
それまで捜索していた消防と交代する形で、土屋さんは他の班員3人と海に飛び込んだ。海の中は真っ暗で、ライトで照らしても伸ばした自分の手さえ見えない状況だった。目印となるブイの下にロープとおもりを沈め、ロープにつかまりながら捜索。潜り始めて数分後、土屋さんの体が車に接触した。車は水深約4メートルの海底に沈んでいた。ロープを引いて合図を送り、他の班員が天地が逆さまの車内で子どもを発見した。大沼さんの長男の紘彬ちゃん(当時4歳)だった。潜水チームの救助開始から約15分後、午前2時前のことだった。
土屋さんは現在も、他機関との連携強化や救助技術の向上に取り組み続けている。事故から20年が経過した今も、その記憶は消えることはない。



