阿川佐和子「大好きだった母の最期に全く泣かなかった」納得の死とは
阿川佐和子「母の最期に泣かなかった」納得の死

エッセイストの阿川佐和子さんは、両親を相次いで看取った経験から、死に対する自身の考え方が大きく変わったと明かす。かつては「心臓発作などで突然死するのが理想的」と考えていたが、見送る家族や友人の気持ちを考慮すると、必ずしもそうではないと気づいたという。この内容は、著書『年とる力』(文春新書)からの再編集である。

養老孟司が説く「3種類の死」

解剖学者の養老孟司氏は、死を三つに分類している。「一人称の死」は自分の死で、自覚できないため事実上存在しないに等しい。「三人称の死」は遠くの人の死で、自分には関係が薄い。最も困難なのが「二人称の死」、すなわち家族や親しい人の死であると養老氏は指摘する。

阿川さんはこの考えに深く共感する。「自分の死は、訪れるまでの恐怖はあっても、死んでしまえば終わり。死を経験して戻ってきた人はいないから、参考にしようがない」と述べる。

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伝説のギタリストが「癌」を望んだ理由

かつてザ・スパイダースのギタリスト、井上堯之さんが元気な頃に「僕は死ぬなら癌になりたい」と語ったというエピソードを紹介。当時、癌は苦しいイメージが強く、阿川さんは突然死を望んでいたため驚いた。しかし井上さんは「癌なら余命半年と言われた後、片付けや家族との対話など、ゆっくり死の準備ができる。突然死では何も準備できない」と説明した。

この言葉に阿川さんは、死に方には様々な考え方があると気づかされたという。

母の死に直面して思い直したこと

阿川さんは「大好きだった母の最期に全く泣かなかった」と告白する。その理由について、母が十分に生きたという納得感があったからだと説明。介護や看取りの過程で、母の死を受け入れる準備ができていたという。

「見送る側にとって、突然の死はあまりに辛い。ゆっくりと別れの時間を持てる癌などの死には、準備する余裕がある」と述べ、井上さんの考えを今では理解できると語る。

父の亡骸を前に「印税額」を叫んだ

父の死の際には、葬儀の場で思わず「印税額」を叫んでしまったというユーモラスなエピソードも披露。死をめぐる悲しみの中にも、家族らしい笑いがあったことを示している。

「納得のいく最期」とは

阿川さんは、理想の死に方は人それぞれだが、大切なのは「残される側の気持ち」ではないかと問いかける。突然死は本人には苦痛が少ないかもしれないが、家族には衝撃が大きい。一方、癌などの病気で余命を告知されれば、家族との時間を大切にし、死を迎える準備ができる。

「結局、死に方は選べないかもしれない。しかし、もし可能なら、見送る人たちにとって納得のいく最期を迎えたい」と締めくくっている。

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