フジテレビのドラマ「夫婦別姓刑事」の撮影現場で起きた佐藤二朗氏のパワハラ疑惑を巡り、元テレビ局員で同志社女子大学教授の影山貴彦氏は、フジテレビが犯した5つの選択ミスを指摘した。中居正広氏の事件発覚から1年、フジテレビは変わろうとしているが、根本的な体質を変えられていないことを露呈したという。
誰よりもフジの責任が大きい
影山氏は、週刊文春が報じた段階から「何よりもフジテレビの責任が大きい」と指摘してきた。当初のメディアの論調は「フジテレビにも多少の責任はある」程度だったが、フジテレビが2回目のコメントを発表した現在、潮目が変わったと感じている。
今回の件がハラスメントに該当するか、当事者のどちらの主張が正しいかは現段階では断じないが、詳細はこれから分かってくる。当事者への判断を保留しても、フジテレビの責任は動かないと影山氏は考える。なぜなら、これはフジテレビが制作するドラマの、フジテレビが管轄する撮影現場や楽屋で起きた出来事だからだ。2025年に発覚した中居正広氏の問題では、事件が起きたのが自宅であり「業務中と言えるのか」という論点があったが、今回はまぎれもなく制作現場そのもの。まず問われるべきは当該局の管理責任である。しかも、前回社長が交代するほどの問題を起こした局がまたこういうことになった。元テレビ局員として信じられない思いがあったと述べている。
どこかひとごとだった初期対応
フジテレビの初期対応を振り返ると、コンプライアンスの手続き自体は踏んでいる。外部の弁護士を入れて調査し、ハラスメントと評価し、佐藤氏側に厳重注意をした。中居氏の件の教訓を踏まえた教科書通りの対応だった。しかし、週刊文春の報道が出て慌てて出した最初のコメントがよくなかった。最大の誤りは「お詫び」から入らなかったことだ。自社ドラマの話であるにもかかわらず、文春と男性俳優を非難する第三者のような物言いが目立った。自分たちの現場でこういう事態を招いてしまったことをまず詫びるべきだったと影山氏は指摘する。
フジは結局、俳優たちに謝罪した
フジテレビは2回目の声明で、佐藤二朗氏と橋本愛氏に謝罪した。しかし、影山氏は「謝罪のタイミングと内容が適切だったとは言えない」と述べる。最初のコメントで謝罪していれば、事態はここまでこじれなかった可能性がある。また、謝罪の対象が俳優個人にとどまり、視聴者や関係者への謝罪が不足していたという批判もある。
現場に「包み込む」力があったか
フジテレビの制作現場には、問題を包み込む力が不足していたと影山氏は分析する。中居氏の問題後、コンプライアンス強化が叫ばれたが、現場の意識改革は進んでいない。今回のケースでは、佐藤氏と橋本氏の間でトラブルが発生した際、現場スタッフが適切に介入できなかった可能性がある。フジテレビは、ハラスメント防止のための研修や相談窓口を設置しているが、実際に機能していたのか疑問が残る。
「途中降板」というカードはあった
影山氏は、フジテレビが取るべきだった選択肢の一つとして「途中降板」を挙げる。問題が表面化した時点で、佐藤氏を降板させ、代役を立てる判断もあったはずだ。しかし、フジテレビは撮影を続行し、結果的に混乱を拡大させた。途中降板は制作費やスケジュールに影響を与えるが、それ以上に信用問題を重視すべきだったと指摘する。
キャスティングから間違えていた?
そもそもキャスティング段階での問題もあった可能性がある。佐藤二朗氏と橋本愛氏の共演が過去にトラブルを起こしたことがあるかどうかは不明だが、フジテレビは事前にリスク評価をすべきだった。影山氏は「キャスティングの段階で、過去のトラブルや相性を考慮するのは当然だ」と述べている。
「踊る」から降板させた判断は…
フジテレビは過去に「踊る大捜査線」シリーズで出演者を降板させた事例がある。その判断は適切だったと評価される一方、今回の対応と比較すると一貫性がない。影山氏は「過去の判断と今回の判断の違いを説明する責任がある」と指摘する。
コンプライアンスと同様に大事なもの
コンプライアンスだけでなく、人間関係や信頼構築も重要だと影山氏は強調する。フジテレビは形式的な手続きに終始し、俳優やスタッフとの対話を軽視した。コンプライアンスは最低限のルールであり、その上で現場の人間関係を円滑にする努力が必要だった。
腹を割って対話することが大切
最終的に、フジテレビがすべきだったのは腹を割った対話だと影山氏は結論付ける。佐藤氏と橋本氏の双方から直接話を聞き、解決策を模索する。謝罪だけでは不十分で、再発防止策を具体的に提示する必要がある。フジテレビが真摯に向き合わなければ、佐藤二朗氏が「もうフジとは関わりたくない」と最終通告を出すのも当然だろう。



