米オクラホマ州タルサで、「ミスター・ルート66」のニックネームを持つ作家マイケル・ウォリスさん(80)が、ルート66が100年にわたって映してきた米国の姿について語った。ウォリスさんは「ルート66は、国に向けられた鏡です。アメリカで起きてきた良いこと、悪いこと、醜いことを映してきた。繁栄も、貧困も、戦争も、人種差別も、町の衰退も、すべてです」と述べた。
ノスタルジーは「パイの薄い一切れ」
ウォリスさんは「私は、ルート66をロマンチックに描くつもりはありません。もちろん、この道にはネオンサインがあり、古いダイナーやモーテル、57年型シボレー、チーズバーガーがあります。でも、ノスタルジーはパイのほんの薄い一切れにすぎません」と話す。
ルート66が誕生した1926年、アメリカは繁栄していた。禁酒法の時代だったが、隠れ酒場があり、人々は浮かれていたという。1928年には、ロサンゼルスからルート66をシカゴまで走り、さらにニューヨークを目指す大陸横断徒歩競走が開かれた。沿道の町々が食事を出し、医師が傷んだ足を治療し、国中が熱狂した。ウォリス氏はこれを「ルート66を人々の地図に載せた、初期の大きな出来事」と位置づける。
「怒りの葡萄」が描く「生き延びるための道」
しかし1930年代、大恐慌とダストボウル(砂嵐)が襲う。土地を失った人々は生き延びるため、西へ向かった。その時代を描いたのが、スタインベックの『怒りの葡萄』だ。ウォリス氏は「『マザーロード(母なる道)』という言葉は美しい。でも、時には人を苦しめる母にもなる」と語る。
ウォリス氏は1945年生まれ。アメリカの作家、歴史家で、代表作に1990年刊の『Route 66: The Mother Road』がある。映画『カーズ』の制作に協力し、映画に登場する保安官役の声も担当した。2023年にはバイデン大統領から連邦議会ルート66百周年委員会の委員に任命されている。