3月24日、メダデ教会(大阪市西成区)の礼拝堂でイシズ(80)の葬儀が始まった。いつも通りにジャージーやトレーナーに身を包んだ信徒たちに加え、介護事業所のヘルパーや、新聞の連載を読んで牧師西田好子(70)にほれ込んだクリスチャンらも集った。
西田は「私はいつも、この金のない小さい教会で、祈り、歌い、泣き、叫んどる。今日もいつものようにさせてもらいます」と切り出し、たっぷり1時間、イシズから聞いた半生や闘病生活について語った。そして、イシズが自室でよく歌っていた昭和の歌謡曲を口ずさんだ。松尾和子/和田弘とマヒナスターズ「誰よりも君を愛す」の一節である。
棺を囲んで賛美歌
西田は、歌いつつ思いを巡らせた。イシズがこの曲を歌った時、誰の顔が脳裏に浮かんだのだろう。メダデの面々だろうか、別れた妻子だろうか。いずれは別れ、苦しむことを知りながら、人はなぜ誰かを求め、つながろうとするのだろう。
毎度のことだが、西田の話は、脱線を繰り返しながら延びに延び、斎場に移動する時間が迫ってきた。信徒たちが棺にユリの花を手向ける。「ゆっくり休んで」「よう頑張ったなあ」。そして、まるで示し合わせたかのようにほぼ全員が「ありがとう」と口にした。
西田と信徒たちは棺を囲んで手をつなぎ、別れを先延ばしするかのように賛美歌を歌い続けた。「人生の海の嵐に」「いつくしみ深き」「世には良き友も」「勝利をのぞみ」――。歌う曲が尽きた。
斎場での現実
メダデ教会の一行を乗せたマイクロバスは、大阪市立佃斎場(西淀川区)に到着した。イシズの棺が火葬炉に入れられようとするその瞬間、西田はギュッと目をつぶり、「天国で待っててな」と言葉を絞り出した。
信徒たちが賛美歌を歌う中、イシズの棺が奥に消えていく。斎場の職員に促され建物の外に出た西田たちは、駐車場へと歩く。途中、信徒の一人が空を指さし「煙突から煙が出とるわ」と告げた。曇り空に、一筋の煙が吸い込まれていく。皆でしばらく見つめ、また歩き出す。
西田の様子が変だ。肩を怒らせ、ブツブツつぶやいている。ついにバスの手前で感情を爆発させた。「あんたら、おかしいと思うやろ? なんで心を押し殺すねん」。
「血縁がそんなに大事かね」
西田たちはイシズの遺骨を拾うことも持ち帰ることも許されなかった。親族ではないからだ。イシズは、生活保護法に基づく「葬祭扶助」(上限約20万円)を活用して、火葬された。だが、遺骨の引き取りは、何をおいても親族が原則だ。火葬後も一定期間は、親族が引き取りにくるのに備え、斎場などで保管される。大阪市の場合は約1年。それが過ぎれば西田たちが引き取れる可能性もあるというが……。
事前に葬儀会社から説明され、西田も頭では理解していた。だが実際に「家族扱い」されない現実を前に、我慢ならなかったのだ。重苦しい空気に包まれたバスの車内で西田は涙ぐみつつ、ほえ続けていた。「そんなようわからん決まり、今すぐ変えたらええ。血縁がそんなに大事かね。私らこそが、ほんまもんの家族でしょうが!」。
家族のかたちが多様化して久しい。しかし、イシズの遺骨の一件に象徴されるように、日本社会では依然として血縁のつながりや婚姻制度に基づいた形態が重視されている。メダデ教会は、血縁にも婚姻にもよらない集まりだ。西田は、ずっと「家族」について考えてきた。考えざるを得なかった。
40年近く前に離婚した夫は連絡が途絶えていて、息子たちの結婚式にも来なかった。教師から牧師への転身に難色を示した父親とはぎこちない関係のまま死に別れ、兄弟とは疎遠な関係のままだ。「人間、血ぃつながっとるだけでうまいこといくとは限らへん。互いに大切に思い、つながりあうこと。その一点さえあれば、メダデみたいな、けったいな家族があってもええやないか」。
教会に戻った西田は、その後も怒り、嘆いていた。老いと病に直面する信徒たちにとっても、決して人ごとではなかった。彼らの大半は親族との縁はとうの昔に切れている。死ねば、イシズと同じ手続きで火葬されるのだ。「おかしい」「法律が間違っとる」。西田に次々と同調した。
メダデ教会には小さな納骨堂がしつらえてある。皆で話し合い、どこまで効力があるかはわからないが、「遺骨の扱いは、教会での引き取りを求める」と、それぞれ一筆、書き残しておくことにした。西田は、斎場に残してきたイシズの遺骨を思った。「イシズよ、あんたもここがええんよな?」。
葬儀から3日後、事態は意外な展開をみせる。イシズを担当していたケースワーカーから、西田のもとに電話が入った。イシズの息子と連絡がとれたという。「西田さんと会ってもいいとおっしゃっています」。



