電車内で心臓発作を起こし、乗客らの救命活動で一命を取り留めた会社員の男性が、社会復帰後の生活や救命活動を巡る悩みを共有する当事者団体を設立した。市民が救命に関与するケースは国内で年間1万件を超える一方、心理面などのサポート体制は確立されていない現状がある。
「運が良かった」で終わらせない
日本AED財団(東京)の活動メンバーである植村純一さん(63)=横浜市=は2年前、電車内で心臓発作を起こし、乗客らの救命活動で一命を取り留めた。この経験から、当事者団体の設立に尽力してきた。
植村さんは「私のケースを運がよかったで終わらせず、救われる命を一つでも増やしたい」と話す。
命のリレーと社会復帰の壁
令和5年11月23日、祝日の電車内で突然意識を失った植村さん。同じ車両に居合わせた看護師が異変に気付き、運転士に知らせた。看護師が心臓マッサージを開始し、次の駅では駅員が待機。非番の救急隊員も加わり、駅設置のAEDでの電気ショックが行われた。救命活動にかかったのはわずか8分だった。
植村さんは「鉄道会社が毎年訓練をしていたこと、休日の医療従事者らが居合わせたことが迅速な対応につながった」と振り返る。1カ月の入院を経て社会復帰したが、短時間の外出でも体力を消耗し、将来に希望が見いだせなくなったという。
サバイバーとバイスタンダーの心理的負担
救命活動で助かった傷病者(サバイバー)や、活動に関わった市民(バイスタンダー)との交流を通じ、それぞれの立場で経験に向き合っていることを知った。サバイバーは社会復帰後の生活に不安を抱えながらも命の恩人に感謝を伝えたい一方、バイスタンダーには傷病者の容体が知らされず、自責の念に駆られたり後悔したりする人もいる。
植村さん自身も現在、倒れる前の7割程度しか体力は戻っていない。海外では両者が体験を共有し心理的な負担を支え合う体制が整備されており、植村さんらはAED財団内に団体を設立。それぞれの経験や気持ちを共有するイベントを企画している。
医療関係者の期待
医師で日本AED財団専務理事の石見拓・京都大教授(蘇生科学)は「医療の視点からは、傷病者が社会復帰できたことがゴールだった」と指摘。当事者やその家族、バイスタンダーの心のケアはこれまで十分に検討されてこなかったといい、「当事者が発信することは説得力がある」と期待を寄せた。