大阪市西成区のメダデ教会で、アルコール依存症のヒデキ(46)が酒に溺れ、他の信徒との溝を深めている。牧師の西田好子(69)は「あんたら、愛が不足してるねん!」と信徒を叱咤するが、解決の糸口は見えない。
酒に手を出し、孤立するヒデキ
ヒデキは教会に通い始めて10日ほどで「1週間飲まんとおれたんやから、もう一生、飲まんと思うわ」と豪語した。西田が大家に頭を下げ、信徒の多くが暮らすアパートに住めるようになり、生活保護の支給も始まった。しかし、酒をやめて寝付けなくなったヒデキは「一口だけ」と再び手を出し、日ごとに酒量が増えた。数日後には夜ごと、他の信徒の部屋を大声でたたく酔っ払いになっていた。
西田は酔ったヒデキが「誰も相手にしてくれへん」とつぶやく姿に寂しさを感じ、アルコール依存症の専門病院を予約したが、いつも泥酔状態でキャンセルせざるを得なかった。他の信徒は「自分たちが必死で断っている酒に手を出し、からんでくる人間など相手にできない」と距離を置き、ヒデキは教会内で浮いた存在となった。
過去の悔いが西田を縛る
西田がヒデキに厳しく接しきれないのには理由があった。ヒデキと出会う1週間前、9か月間親身に接してきた信徒のコウジ(49)が失踪したのだ。コウジは毎朝、自室で聖書を書き写し西田に提出していたが、たばこの臭いが漂うことがあった。西田が「十字架の前でたばこ吸って、心が痛まんかね」と語りかけた翌日、コウジは姿を消した。
母子家庭で育ったコウジは小学校にもろくに通えず、九九も知らなかった。母親から学んだのはたばこやパチンコで、どの職場でもいじめられ、腕にはたばこを押しつけられた痕があった。釜ヶ崎に来てからは知り合った男に目を殴られ、失明寸前で手術を控えていた。西田は「厳しく接し過ぎ、コウジの未来を潰してしまった」と悔やみ、「みんな、めちゃくそ弱い人間やねん。人間関係ができてないうちから、私がワーワー言っても響かへんと、学んだんや」と語った。
エスカレートする酒乱と信徒の離反
ヒデキの酒乱は日ごとに激しさを増し、アパートでの宴会は連日未明まで続いた。他の信徒への金の無心も始まり、粗暴な男を部屋に泊め、泥酔状態で2人で西田を脅迫したこともあった。その時は西田も警察を呼び、警察官は「もう関わらんほうがええんとちゃいますか」と意見した。
しかし酒が抜けるとヒデキは「お母ちゃん、すまんかった」「もう飲まんから、俺のこと嫌いにならんといてくれよ」と頭を下げる。まるでジキルとハイドのような二面性に、他の信徒は遠巻きに眺め、無視し、絡まれると胸ぐらをつかんで応戦した。信徒から笑顔が消え、重苦しい空気が漂う中、西田は「ヒデキが酒飲んで騒ぐんは寂しいからや。もっと話しかけたれよ。もっとヒデキの人生や性格や、ええところを知ろうとしろよ。あんたら、愛が不足してるねん!」と幾度となく叱咤した。
しかし信徒たちはうつむいたまま。普段は無口な信徒の一人が「ええ迷惑や」とつぶやき、多くの信徒の本音を代弁した。西田は「あの子らの気持ちも理解できるねん。でもな『お母ちゃん、お母ちゃん』って、助けを求めてくる、そのヒデキを放り出せますかいな」と苦悩を語った。
失踪者、そして退去宣告
ついにヒデキに耐えかねて、信徒のサコタ(58)が「探さないでください」という書き置きを残して失踪した。サコタはコンビニ強盗の刑期を終えて出所したばかりで、教会で聖書を読み始め変化の兆しが見えていた。西田は消沈し、4年前にも元暴力団組員の信徒の粗暴な言動に耐えかねた真面目な信徒が「心が穏やかになりません」と書き置きして姿を消したことを思い出した。「舟に一つ穴が開いたら沈みよる。私一人で水をかき出してもキリがないんです」と西田は語る。
その夜、西田の枕元で携帯が鳴った。サコタからで、「先生には感謝してるけど、ヒデキはもう救われへんやろ。あいつがおるなら帰らへん」とヒデキの追放を迫った。西田は「帰ってきなさい」と繰り返すのが精いっぱいで、サコタは翌日ばつの悪そうな顔で戻ってきたが、新たな失踪者がいつ出てもおかしくない状況は続いた。
事態は唐突に動いた。連日騒ぐヒデキに一般入居者からの苦情が殺到し、アパート側が退去を言い渡したのだ。西田と出会って1か月。ヒデキは路上生活に押し戻された。退去を知らされた時の西田の言葉は「残念や」と、いつもの元気がなかった。



