被爆死した米兵の調査に長年取り組み、今年3月に亡くなった被爆者で歴史研究家の森重昭さん(当時88歳)の家族が、その遺志を引き継ぐ活動を始めた。新たに開設したホームページや講演を通じ、「人間同士に敵も味方もない」と行動で示し続けてきた森さんの思いを次世代へと伝えていく。
妻と息子が初の講演
「戦争はしない。人間同士に敵も味方もない。原爆の悲劇に国境はない。平和こそ一番大切だ」。森さんの死去から2か月がたった今年5月、岡山県玉野市で初めての講演に臨んだ妻の佳代子さん(84)は、生前森さんがよく口にしていた言葉を紹介。熱心に耳を傾ける女性団体のメンバーらに、「粘り強い調査は重昭にしかできないことだった」と語った。
森さんは、8歳の時に広島の爆心地から約2.5キロで登校中に被爆したが、無事だった。会社員として働いていた1970年代に、被爆者たちが原爆投下直後の惨状を描いた絵を見ていて、複数の絵に米兵が登場していることに気付いた。独自に調査を進め、米兵捕虜12人が被爆死したことやその身元を突き止め、遺族とも交流した。
オバマ氏との抱擁
その活動は、2016年に広島を訪問したオバマ米大統領(当時)が平和記念公園での演説の中で言及。演説後にオバマ氏が森さんを抱擁した姿は世界中で報道された。
佳代子さんは森さんの「秘書兼マネジャー」として講演に同行するなどしていたが、自身が表に出ることはほとんどなかった。横浜市で会社を経営する長男の佳昭さん(54)は仕事が忙しく、森さんの活動とは距離を置いていた。
突然の死、そして決意
森さんは3月14日、大学を卒業する娘を連れて横浜から訪ねてきた佳昭さんと楽しそうに過ごしていた。しかし、2人が帰った直後に倒れ、その日のうちに死去した。
佳代子さんは急な死にショックを受けつつも、「これで終わらせてはいけない」との思いが湧いたという。佳昭さんも「人ごと」と感じていた森さんの取り組みについて死をきっかけに深く考え、「引き継がないわけにはいかない」と突き動かされた。
ホームページで継承
佳昭さんは4月に森さんの歩みなどを紹介するホームページ(HP)を開設。トップページには、オバマ氏に抱擁される森さんの写真に〈原爆の悲劇に国境はない〉との言葉を重ねた。佳昭さんが思い出をつづるブログコーナーもある。
佳代子さんは「私は代わりにはなれないが、重昭のメッセージを伝えたい」と講演を始め、米兵の遺族との交流も引き継いだ。
残された宿題
森さんは長崎で被爆死したオランダ兵の調査にも取り組んでいた。判明した犠牲者7人のうち5人の遺族を見つけ、残る2人の遺族を捜している途中だった。
佳代子さんと佳昭さんはHPに〈故人が残した宿題を継続調査していく〉と決意を記した。今後、手つかずになっている調査資料などを活用して遺族捜しを進めていく考えだ。
佳代子さんは「重昭は遺族のことを放っておけなかった。私は重昭を放っておけない」と語った。2人で「残された宿題」に向き合っていく。



