野球人であり、「喝!」の人として親しまれた張本勲さんは、在日コリアンでもありました。韓国料理店「妻家房」などを経営する呉永錫(オヨンソク)さんは、張本さんと家族ぐるみでの親交をあたためてきたといいます。差別や逆境をはねのけ、祖国を愛し続けながらも最後には日本国籍をとった張本さん。その判断の背景に何があったのでしょうか。
家族ぐるみの交流と祖国への思い
呉さんは張本さんと10年近く家族ぐるみの付き合いをしてきました。一緒に食事をしたり、ゴルフに行ったりしたそうです。呉さんは42年前に日本にやってきた在日韓国人1世で、張本さんは2世です。
異国の地にやってきた1世は、どうしても祖国への思いや愛情が強くなりますが、張本さんはまるで1世のように韓国に強い思い入れがあることが言葉の端々から感じられたと呉さんは話します。
差別と逆境を乗り越えて
張本さんは高校3年の時、野球部は甲子園に出場できたのに、国籍のことで差別され、自分は出られなかったと話していました。その後、韓国遠征の選抜チームに選ばれた張本さんは、生まれて初めて祖国の地を踏みます。アリランの演奏で歓迎される中、感極まったそうです。
プロ野球に入団する時も国籍を巡る問題があったとみられますが、詳細は記事の有料部分に記載されています。