1989年に福岡地裁で提訴された全国初の「セクシュアル・ハラスメント(性的嫌がらせ)訴訟」に着想を得た映画「ファーストボイス」(綾瀬はるかさん主演)が全国公開されている。実際の訴訟で原告代理人を務めた元弁護士の辻本育子さん(77)と弁護士の原田直子さん(73)は「作品を通じて『声を上げる』大切さを知ってほしい」と語る。
映画の内容と背景
映画は、上司と会社を相手取った裁判を通じ、新たな未来をつかみ取ろうと闘う女性たちを描いたフィクション作品。バブル景気に沸く89年、職場で上司からハラスメントを受け、退職を余儀なくされた女性(ファーストサマーウイカさん)が、弁護士(綾瀬さん)に相談する場面から始まる。
辻本さんは「性差別の問題をライフワークにしたい」と弁護士を志し、77年に弁護士登録した。大学4年時の就職活動中、企業から女性を理由に採用を断られ、公務員試験の面接では「女性はお手伝い」と言われ、就職を諦めた経験があったためだ。
訴訟への道のり
しかし、そうした相談が寄せられることはなかった。「相談先が分からないのでは」と考え、89年1月、「女性協同法律事務所」と名付け、女性弁護士だけの事務所を原田さんとともに開所した。
その直後、福岡市内の出版社に勤めていた女性が相談に訪れた。編集長の男性から「みだらな生活を送っている」と言いふらされるなどの嫌がらせを受けて退職に追い込まれたという。辻本さんは「性差別以外の何物でもないと思った」と振り返る。
判決とその後の影響
89年8月に提訴した。原告の女性も奔走して支援者を集め、当時20人程度だった福岡県内の女性弁護士のほとんどが名を連ねた弁護団も結成した。個人だけではなく、「社会の問題」であるとの姿勢を裁判所に示す狙いがあった。セクハラ問題を真正面から問う訴訟は初めて。訴訟は注目を浴び、「セクシャル・ハラスメント」はこの年の新語・流行語大賞の金賞にも選ばれた。
92年4月の福岡地裁判決は、原告に関する上司の編集長の発言は、働く女性としての評価を低下させたなどとして、不法行為に当たると判断。適切な職場環境づくりを怠った会社の責任も認め、編集長と出版社に165万円の支払いを命じた。判決はその後確定し、各地で同様の訴訟が起きた。男女雇用機会均等法は97年に改正され、事業主にセクハラ防止に努める配慮義務が盛り込まれた。
同法施行から今年は40年。判決からは30年以上が経過したが、性差別の問題は依然として残り、ハラスメントで苦しむ人も多い。2人は「理不尽な目に遭っても諦めず、声を上げれば、何とかなる。作品をエンターテインメントとして楽しみながら、ハラスメントについて考えるきっかけにもしてほしい」と話している。綾瀬さんは「(作品は)当たり前とされてきた常識に疑問を投げかけ、自分の声を信じて行動した人たちの物語。一歩前に進む勇気や力を届けられたらうれしい」とコメントしている。