前沢社長インタビュー:二軍移転、信頼構築に自信 Fビレッジ構想語る
前沢社長インタビュー:二軍移転、信頼構築に自信

北海道日本ハムファイターズの札幌ドーム転出以降、一連の交渉や開発で強い指導力を発揮する「ファイターズスポーツ&エンターテイメント」(北広島市)の前沢賢社長(52)が、恵庭市への二軍移転決定後、初の単独インタビューに応じた。プロ野球球団というソフトを核に据え、球場や商業施設などのハードをセットにした街そのものを難産の末に産み落とす。前代未聞の事業の舞台裏や秘訣を自らの歩みに重ねて縦横に語った。

自ら殻を破る

ファイターズの新球場計画が最初に報じられたのは2016年だが、原点はその6年前、前沢氏と、盟友の三谷仁志・常務取締役事業本部長が二人三脚で練り上げた42ページの企画書だ。新球場建設などを盛り込み「北海道ボールパークFビレッジ」の原型とされるが、球団の経営会議で賛同が得られず、お蔵入りとなった。

Fビレッジ開業が大幅に前倒しされた可能性も感じるが、意外にも「あの時もし認められて2人でやったとしても、本当にできたか分からない」と振り返る。「非連続の全く違う地点」を目指したFビレッジ構想は、「従来と違う装備や乗り物でゴールに向かう」試み。「いろんな武器を持つ人たちと一緒に事業を進める」必要性を感じ、自動車、金融など各界の最前線から人材を採用した。

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大勢の乗組員を統率できるのは「情緒的でなくキャップをはめずに論理的な思考で物事を進める」スタンス。それには自らも殻を破る必要があった。実際、会議の翌年に球団を退社。DeNAや日本野球機構などで経験を積み、雌伏の時を重ねる中で「自分を磨き、勉強できた。ぶれずに、自分の稚拙さを消せるようになった」と自己分析する。

新天地を求め

15年に呼び戻された後、構想は始動。18年11月の正式発表まで2年以上に及ぶ交渉の末、人口約6万人の北広島市に新天地を求めた。札幌ドームを出て200万都市を去る決断に世間は驚がくし、危ぶむ声が飛び交った。そもそも北広島市ですら当初は年数試合、それも二軍戦の誘致を目指していたにすぎなかった。

同市は企画財政部長だった窓口役の川村裕樹副市長が球団の真意をいち早く読み解き、上野正三市長らと迅速に意思統一を図った。一枚岩でテーブルを挟む交渉相手に対し「話しにくさはなかった」という。大所帯の札幌市に対し、企画財政部が一元的に判断できた北広島市の動きは「圧倒的に速かった」と述懐する。

札幌市からの転出に伴い遺恨や軋轢が取り沙汰されるが、秋元克広市長とは最近も市が関連する球団株式の譲渡など重要な局面では接触できる関係を保つ。「世間はめちゃくちゃけんかしてると思っているようだが、その事実はない。私の中に禍根はないし、秋元市長と話していて違和感もなかった」と世評に異を唱える。

タフな交渉人

鋭い眼光とドスのきいた語り口。行政相手に一歩も引かぬタフな交渉人ぶりに、北広島市や恵庭市の過剰負担を懸念する声もある。二軍の移転先を表明した2日の記者会見でも市の負担額に質問が飛んだが、「行政もリターンがあるから負担する。負担だけに注目するのはおかしい」とくぎを刺した。

前沢流の要諦は「ウィンウィンの関係作り」にあるという。「『51対49』か『49対51』か。角度で見え方が変わるくらいでないとうまくいかない」と持論を披露。その上で、「たとえば北広島市の幹部が『あいつら食えないからやめとけ』と周りに言っているようなら、今も二軍の行き先は決まっていないのではないか」と信頼構築に自信を見せる。

自治体と「ウィンウィン」で

Fビレッジ一帯では再来年のJR新駅開業や北海道医療大の移転に合わせた開発が着々と進んでいる。

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Fビレッジ初の賃貸オフィス施設(地上11階建て)やタワーマンション(同36階建て、508室)のほか、オフィスワーカーや大学生向けの賃貸レジデンス(同10階建て、242室)が着工した。球団側は職(オフィス)・住(住宅)・学(教育)・遊(エンターテインメント・商業)が融合した街づくりを掲げている。さらに起業投資会社などと連携し、Fビレッジを拠点にした国内外スタートアップ(新興企業)向けのプロジェクトを行っている。また、大規模施設の運営ノウハウを生かし、国の指定管理者制度を活用した道立施設「北海きたえーる」、または真駒内公園の管理・運営を検討している。