2019年4月7日、大阪市西成区の四角公園で、メダデ教会の牧師西田好子(69)が伝道礼拝を行っていた。信徒たちと炊き出しを用意し、野宿者らに語りかける最中、最前列の大柄な中年の男が缶酎ハイ片手にたばこを吸いながら「祈っても同じや。酒持ってこいや」とヤジを飛ばした。
水をかぶせられ、毒気を抜かれた男
教会最古参の信徒オチ(73)が「黙っとれ」とどなりつけ、一触即発の雰囲気になる。西田は慌てて間に入り、冷静に神の愛を説き続けたが、男は執拗にからみ続けた。ついに西田は男に歩み寄り、「お前、ええかげんにせい。アホ、ボケナス、ウンコ――」と絶叫。さらに手元のペットボトルの水を男の頭からかけた。
信徒たちの間に緊張が走ったが、男は予想に反して急におとなしくなった。西田は一転、穏やかな口調で「あんた、うちとこ来るか。酒とたばこはいただけんけどな」と声をかけた。その光景は、信徒になる人の額に聖職者が水を注ぐ「洗礼」の儀式のようだった。
服役19回、路上で転がる日々
男の名はヒデキ(46)。西田の手荒い「洗礼」にすっかりおとなしくなり、その日の炊き出しの玉子丼を「うまい、うまい」とかきこんだ。涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、身の上話を語り始めた。
「若い頃は単車で暴走しとったんやけど、19歳の時、ほれた女がシンナーでラリっとって、自分もはまってもうたんです」。以来20年、シンナー漬けで幻覚と妄想で暴れ、逮捕と出所を繰り返し、服役は19回に上った。「俺、塀の外に(連続で)3か月おったことがないんですわ」と語った。
京都出身で、父親はすでに亡く、一緒に暮らしていた母親は心を病んだ。ヒデキは母親への憎悪を隠さず、「クソババアとシンナーから離れたかった。西成なら居場所がありそうで、家、飛び出したんです」と話した。しかし釜ヶ崎の路上では酒を断つために酒に手を出し、覚醒剤を打って逮捕されたこともあった。今年1月、19回目の服役を終えた後も酒をあおり、路上に転がる日々を送っていた。
「お母ちゃん」と慕う日々、しかし…
西田は「私、心がめっちゃ燃えてきたわ。ええか、あんたら。この子にも、ちゃんと愛をばらまけよ!」と信徒たちに宣言。ヒデキは教会に顔を出すようになり、「お母ちゃん」と西田を慕うようになった。酒が抜けると多弁で陽気な男で、たどたどしく聖書を朗読し、怪しい音程で賛美歌を歌い、スーパーで半額シールの商品を探した。
西田は「この教会にはシャブ中も元ヤクザもおる。なんも恥ずかしがることあらへん。大事なのはどう生きてきたかやなくて、これからどう生きるかなんや」と優しく語りかけた。やがてヒデキは車いすが必要になった信徒カネカワ(71)の世話を任され、釜ヶ崎の住人たちは「あいつ、何があったんや」と目をむいた。
「こうして普通に生活できて酒も止まってる。この奇跡は、お母ちゃんのおかげですわ」とヒデキは何度も頭を下げた。しかし、ヒデキの「新しい世界」は2週間と続かなかった。



