2015年夏、仙台市から小樽市へ移り住んだ対馬真奈さん(40)と夫の佳紀さん。船見坂の麓にカフェ「アリンコモウダッシュ」を開き、佳紀さんのオムライスと真奈さんのマフィンが評判を呼んだ。2021年3月にはJR函館線をまたぐ船見橋のたもとに、白い壁の三角屋根が印象的な新店舗を構えた。
胃がん宣告、つづられた日々
順調に見えた日々は、その翌年の夏に一変する。佳紀さんが胃がんの宣告を受けた。「私はひとりになってしまうかもしれない」――その恐怖で行き場をなくした気持ちを吐き出すため、真奈さんは思いを文章に書き始めた。入院、手術、転移、抗がん剤治療、誤診、救急搬送。そうした出来事のたびに湧き上がる苦しみや悲しみ、怒りが、飾りのない言葉でつづられている。
佳紀さんは闘病中も妻への思いやりを忘れなかった。退院すると、妻のために毎日食事を作った。自分は肺炎になる恐れがあるため、飲食を禁じられていたにもかかわらず。その料理の数々は「お弁当日記」としてカラー写真付きで収録され、「この小さな箱の中に、幸せがたくさん詰まっていた」と記されている。
「多くの人に読んでほしい」
真奈さんは当初、「こんな個人的なことを人に読んでもらうことに何の意味があるのか」と葛藤があった。「でも、何げない日常の中で大切な人と過す時間が、こんなにもいとおしいことなんだと思えるようになった」。今は「多くの人に読んでほしい」と素直に言える。
2024年12月、佳紀さんは51歳で死去。真奈さんは2025年5月に店を閉じ、現在は故郷の山形県上山市で実家の接骨院を手伝っている。「夫は私のすることなすこと何でも絶賛する人だったので、きっと本のことも喜んでくれるはず。でも、ちょっと恥ずかしがってもいるかな」と笑顔を見せた。
書籍情報
こうした日々をつづった「まなざし」が、このほど出版された。旧店舗を引き継いで「坂と線路とバゲットと」を運営する「クリエイティブオフィスキュー」の伊藤亜由美社長は、「綺麗事が一切ないドキュメンタリーエッセイ」と推薦している。
「まなざし」は四六判188ページで、税込み1980円。オンラインストア(arincomoudash.stores.jp)のほか、喜久屋書店小樽店、江別蔦屋書店、「坂と線路とバゲットと」などで取り扱っている。



