瀬戸内海の周防灘に浮かぶ山口県上関町の祝島に残る練塀の家並みが、水産庁の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた。島独特の文化を育んできた練塀は、現在約200戸を数えるが、長年の風雨による傷みが目立ち、保全が課題となっている。
約180年前の大火がきっかけで築かれた練塀
祝島には1日3回、小さな通船が通う。船着き場に降り立つと、冷たい季節風にさらされる。島は台風の通り道でもあり、長年、島の人たちは自然の脅威から身を守るため、分厚い練塀の家で暮らしてきた。
地元の人らの話によると、練塀は約180年前、大火事で大半の家が焼失したのがきっかけで築かれ始めたという。島の周囲には砂浜がなく、岩や石ばかり。この石を積み重ね、土で固めてしっくいを塗り、母屋と一体化した形で家の周りを覆う。塀は高くても2.5メートル、屋根瓦も飛ばされないよう、しっくいで固めた。
島民の結びつきを生んだ「ジンギミチ」や「門」
ここで生まれ育った丸山権一さん(74)は「練塀の家は冬はぬくい(暖かい)し、夏は涼しい」と住み心地の良さをアピールする。広島工業大学環境学部の森保洋之教授(62)は、ここ数年、練塀の研究に取り組んでいる。
森保教授は「私有地を共有して使うことなどにより、島民同士の強い結びつきを作り出した」と話し、自分の家が道に接していなくても隣の家の庭を自由に通り抜けできる「ジンギミチ(仁義道)」、自分の庭でも祭りなどの際には共同作業の場となる「門(かど)」などを例に挙げた。「練塀が家並み、街並みを作り出し、さらには島独特の文化をはぐくんだ。日本でこのような街づくりが行われたところはほとんどなく、これからの新しい日本の街並みを作っていくうえで手がかりになるのでは」と語る。
現在は約200戸、保全が大きな課題
祝島は人口557人。練塀は最盛期には500戸余りあったというが、近年はブロック塀などが増え、現在は約200戸を数えるだけ。それさえも長年の風雨などで傷みが目立ち始め、保全が大きな課題となっている。
地元・上関町教育委員長の橋部好明さん(65)は「崩れたものを見ると心が痛む。昔の姿そのままを後世に残していきたい」と話す。それは祝島の島民同士を結びつけてきた“きずな”の継承を訴える声にも聞こえた。