高級鮨店のカウンターに座り、最初の一杯を注文した後、大将から「さあ、何を握りましょうか」と問われる瞬間がある。多くのビジネスパーソンは「とりあえず、おまかせで」と答えてしまうが、これは悪手だと富裕層マーケティングのプロである西田理一郎氏は指摘する。西田氏は価値共創プロデューサーであり、ディープルートの代表取締役を務め、長年富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングを手がけてきた。
「おまかせ」が銀座の大将の目から光を消す
西田氏は、銀座の老舗鮨店で、「おまかせで」と言った客に対して大将の目から一瞬で光が消えるのを目撃したという。その客は自分が顰蹙を買ったことに最後まで気づかなかった。このエピソードは、高級鮨店における注文の作法の重要性を如実に物語っている。
富裕層は「おまかせ」ではなく「編集力」で勝負
西田氏によると、億単位の取引を動かす経営者ほど「行きつけの鮨屋」を持ち、一見客から常連客になるための独自の方法を持っている。コースがない店では、つい「大将のおまかせで」と言いたくなるが、富裕層は別の方法で「とっておきの一貫」を手に入れている。その鍵となるのが「編集力」だ。客がその日の気分や好みを伝え、職人がそれに応えるという対話が、最高の一貫を生む。
無知な客に「とっておき」は出さない
大将は、魚の知識や注文のセンスがない客には、本当に良いネタを出さないという。無知な客に「とっておき」を出しても、その価値を理解してもらえないからだ。そのため、常連になるには、まずは魚の知識を少しでも身につけ、大将との共通言語を持つことが重要となる。
「新子が三枚付けに入った」が意味するもの
西田氏は、「新子が三枚付けに入った」という言葉を例に挙げる。これは、その日仕入れた新子(コハダの幼魚)が三枚におろしされた状態であることを示し、大将が客に「今日は新子がいいですよ」と暗に伝える合図だ。こうした職人の言葉を理解できるかどうかが、通かどうかの分かれ目となる。
魚の知識ゼロでも大将との距離を縮める方法
魚の知識がなくても、大将との距離を縮める方法はある。西田氏は、例えば「今日は何がおすすめですか?」と質問することから始めるのが良いとアドバイスする。また、注文の際に「今日は軽めで」や「〆を先に」など、自分の好みや体調を伝えることで、大将もそれに合わせた握りを提案してくれるようになる。
丸投げする客に「最高の一貫」は出てこない
「おまかせ」は、すべてを大将に丸投げする行為だ。西田氏は、これでは大将も客の好みが分からず、無難なネタを出すしかなくなると指摘する。一方、富裕層は自分の好みを明確に伝え、時には「今日はこのネタで」と具体的にリクエストする。そうすることで、大将も「この客は分かっている」と認識し、特別な一貫を提供するようになる。
“通”になれる簡単な方法
西田氏によると、通になるための簡単な方法は、まずは一つの店に通い続けることだ。同じ店に何度も通うことで、大将も客の好みを覚え、次第に特別なサービスをしてくれるようになる。また、大将との会話を楽しみ、魚の旬や産地について質問することで、知識も自然と身につく。最終的には、客と職人が共に作り上げる「共創」の関係が、最高の体験を生むのだという。
高級鮨店は、単に金を払えば「とっておき」が出てくる場所ではない。客の「編集力」と職人の「技術」が試される場であり、その相互作用こそが、真の贅沢体験を生み出す。富裕層が実践する注文の作法は、ビジネスパーソンにとっても、人間関係や交渉の場で応用できる教訓に満ちている。



