吉田防衛大学校長が語る「力の支配」の時代の針路 リベラルアーツ教育で自主自律の人材育成
吉田防衛大学校長が語る「力の支配」の時代の針路 リベラルアーツ教育

一般大学出身者として初めて自衛隊制服組トップの統合幕僚長を務め、今年4月に初の生え抜き自衛官として防衛大学校長に就任した吉田圭秀氏。旧日本軍と決別し、戦後民主主義のもとでスタートした防衛大で重視する教育とは何か。「力の支配」が横行する時代、日本の取るべき針路とは。

「槙イズム」のリベラルアーツで育てる自主自律

吉田氏の経歴には「初」が伴うことが多い。今回は主に民間の学識経験者が学校長を務めてきた防衛大の慣例が変わり、元自衛隊幹部が就任することへの懸念が出ている。

吉田氏は「防衛大は創立以来、一般大学の高等教育と他国で言うところの士官候補生教育の二つが両立する学校です。これは私のような生え抜きの自衛官が学校長に就いても変わりませんし、『学問の自由』が追いやられることは決してありません」と語る。

防衛省幹部の多くは防衛大出身だが、具体的な教育方針について、吉田氏は「政治学者だった初代校長の槙智雄さん(元慶応大教授)は、リベラルアーツ(教養)教育と『ノーブレス・オブリージュ』、すなわち地位に応じた責務を負い、自主自律で行動する人間の育成に力を入れました。私はこの『槙イズム』を継承し、さらに充実させる教育に取り組んでいきます」と述べた。

「とくにリベラルアーツ教育をめぐっては、学生らは人文科学、社会科学、自然科学を横断的に学ぶことで、物事を多面的に捉え、正解のない課題に自ら問いを立てて判断する知的基盤が作られます。これは実際に幹部自衛官になったときの判断力、行動力の土台となります。不透明な戦略環境にある今こそ、このリベラルアーツ教育が必要不可欠なのです」と強調した。

学生らが閉鎖的な空間の中で安住してはいけない

自衛隊では過去、現職の航空幕僚長が日本の侵略戦争の否定という政府見解とは全く異なる政治的主張の論文を発表したり、南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報が自衛隊内に隠蔽されたりするなど、文民統制上の問題が起きている。軍事が政治にきちんと統制される観点から、どのような教育が必要かについて、吉田氏は「学生らには憲法や文民統制、政治的中立性の重要性をしっかりと教えることが大事だと思っています。同時に、批判的思考力、歴史的洞察力、そして倫理的な勇気をしっかりと育てることも必要です。そうした思考の基盤となるのがまさにリベラルアーツです」と述べた。

さらに「学生らが閉鎖的な空間の中で安住してはいけない。『他流試合をどんどん行いなさい』と言っています。学生の時から視野を広げるためにも、外部の様々な価値観と交流して対話し、多様性を身につけることが必要です」と語った。

自衛隊制服組トップの経験から文民統制が機能するには何が重要かとの問いに、吉田氏は「政治と軍事の関係とは、軍事が政治に対し軍事的合理性をしっかりアドバイスし、そのうえで政治がさまざまな総合的な見地から判断するものです。政治は当然、軍事的合理性だけで物事を判断しません。その結果、政治がこうすると決めた方針に軍事側はしっかりと従い、政治が与えた目的を効果的に達成する方策を実行していくというのが健全な関係です。また、政治による軍事の統制という原則を踏み外すことなく、両者の間にしっかりとした信頼関係を構築することも非常に大事です」と述べた。

AIで代替できないリーダーシップの素地の涵養こそ重要

一方、防衛大の教育で変えるべき点について、吉田氏は「前述のリベラルアーツ教育の充実に加え、現在は、人工知能(AI)など先端技術の融合する『第4次産業革命』の急速な進展の最中にあります。こうしたAIやサイバーなど先端技術をめぐるリテラシーを高める教育は、これからさらに力を入れて充実させていきます。AI時代においてもAIに代替することができないリーダーシップの素地の涵養こそが重要です」と述べた。

就任して約5カ月、学生らとの接し方について、吉田氏は「私自身の自衛隊勤務を通じたリーダーシップの経験やその実践知を伝えることも、学生らにとって大きなメリットがあると思っています。すでに3、4学年を対象に全5回のロールモデル講座を始めています。私が初級幹部の時代から最終的に統幕長で退官するまでの自分自身の経験について、失敗談も含めて率直に伝えています」と語った。

インド太平洋の「熱戦」防ぐことが最大の安保課題

現在、世界各地で戦争や紛争が相次いでいる。その最前線と向き合った経験から、吉田氏は「ロシアのウクライナへの侵略が始まった2022年を境に、国際社会は大国が力の行使を優先する『パワーポリティックスの時代』に入りました。英国の歴史学者E・H・カーが第1次と第2次世界大戦の戦間期を描き出した『危機の二十年』の再来ともいうべき時期だと思います。『歴史は繰り返さないが、韻を踏む』という言葉がありますが、私たちは1世紀前の苦難の歴史を繰り返すのか否かの分水嶺に立っています」と述べた。

米ソ冷戦時代、欧州は確か…この記事は有料記事です。残り2311文字は有料会員になるとお読みいただけます。