1日告示の奥出雲町長選で無投票で再選を決めた糸原保町長(59)が読売新聞のインタビューに応じ、「ほかのどこよりも幸せに暮らせる町にしていきたい」と2期目の抱負を述べた。
人口減少への対応
町づくりの展望について、人口減少や少子高齢化はどこも似た状況だとし、「誰かが何かしてくれるだろう」と待っていてもしょうがないと指摘。自ら動き、今の時代に合わせて、住みやすい社会に変える努力が必要だと述べた。
1期目では町立小学校10校を2校に再編した。町として子どもたちをどう育てるか、改めて考えるきっかけになったという。4月には幼保連携型認定こども園「よこたこども園」が開園。県立横田高校も含め、幼児期から18歳まで一貫した教育に取り組める体制を整備でき、2期目では本格的に実践していきたいと語った。
産業振興と働く場所
産業の育て方については、まず人を育て、産業を振興し、安心・安全な町にするとし、それらが循環する町をつくりたいと述べた。昨夏、日本古来の製鉄法「たたら製鉄」を起源とした農林畜産業が「世界農業遺産」に認定された。これを核にして教育や産業ともにクラスター(集積地)化したいとしている。
働く場所については、町内に製造業の企業は少なくないとし、単なる情報提供ではなく中学・高校に入り込み、魅力ある企業があることを知ってもらうと述べた。
医療・介護の再編
社会インフラの維持については、生活に必要なものは維持する方針を示した。横田地区の「永生クリニック」が閉院することになったが、町立奥出雲病院の付属診療所にした。地域に根付いており、必要な医療機関だったからだと説明。ただし、残すばかりではなく医療・介護といった分野の見直しや再編は今後も検討を続ける必要があると述べた。
糸原町長の原点は、少年時代に経験した母の介護にある。旧横田町出身で、両親と6歳離れた姉との4人家族だった。中学生の頃、母が心の病になって生活は一変。姉はすでに家を離れており、父と一緒に介護する日々が始まった。
母は夜、徘徊することがあり、母の横に自分の布団を敷き、互いの腕をひもで縛って寝た。一睡もできず、授業で寝てしまうこともあった。心の支えは町の保健師だった。度々母の様子を見に来ては、糸原少年に「よく頑張っているね」と声を掛けた。「寄り添ってくれる存在がいてくれるだけでありがたかった」と振り返る。
進学した松江工業高等専門学校では約5年間、放課後に病院や障害者の入居施設でボランティア活動に従事。卒業後、県職員を経て、2022年にふるさとのリーダーになった。
「今日が一番幸せで、暮らして良かったと思える町にしたい」。糸原町長の2期目は21日に始まった。町の姿はこれからどう変わるのか、注視したい。