世界の航空ネットワークが再編されるなか、ドバイやドーハ、イスタンブールは、世界の空をつなぐ重要なハブへと成長している。なかでもドバイは2023年、航空輸送能力で英ヒースローを抜き、世界第2位のハブ空港となった。『空の地経学戦略 日本の経済安全保障と航空サプライチェーン』(伊藤恵理、鈴木均/日本経済新聞出版)から、中東が存在感を高めた背景を紹介する。
中東が「空の結節点」に
2019年から2023年の間に、世界の航空ネットワークの中心で中東は急速に存在感を高めた。かつて欧米を結ぶ中継地だったドバイ、ドーハ、イスタンブールが、いまや世界の「空の結節点」として君臨している。本書の分析では、中東空域からトルコのFIRを除外している。トルコはイスラム圏であり中東にも分類できるが、航空の世界では実質的に欧州に分類されるためだ。
米国は航空ネットワーク構造において、トルコのイスタンブールとの直結を強化したが、UAEのドバイやカタールのドーハとの結びつきは依然として間接的で、欧州主要空港を介してつながる構造が続く。一方、欧州側では、ヒースローが「旧大英帝国ネットワーク」を再活用し、ドバイとの結びつきを強めている。欧州と中東が互いに競合しつつ共存する微妙な力学が、航空ネットワークから浮かび上がる。
「飛ばずに通れない空」への進化
中東の管轄空域を通過する航空便のネットワーク規模は、2019年から2023年にかけて約1%増にとどまった。しかし、注目すべきは「上空通過機」の比率だ。2019年の65%から、2023年には75%へ上昇している。ロシアのウクライナ侵攻後は、ロシア上空を迂回する欧州便の需要も高まり、中東は単なる中継地域ではなく、「飛ばずに通れない空」へと進化している。
航空ネットワークの媒介性を見ると、イスタンブールが圧倒的な存在感を放ち、ドバイ、ドーハがそれに続く。欧州勢ではフランクフルト、シャルル・ド・ゴール、ヒースロー、スキポールが中東との接続を強めており、アライアンスと中東エアラインの競合が読み解ける。
2023年には、2019年まで上位にあったイスラエルのベン・グリオン空港は空港重要度の順位を大きく落とした。同年10月、ハマスによる攻撃「アル・アクサの洪水作戦」によってテルアビブ上空が危険空域となった影響が顕著に表れ、国際航空会社による運航停止や減便が相次いだ。その結果、ベン・グリオンを経由する国際旅客・乗り継ぎ需要は急減し、航空ネットワークにおける空港重要度は著しく低下した。この事例は、地経学リスクが空港の機能やネットワーク上の地位を急激に変化させ得ること、そして航空インフラが平時のみならず有事においても経済活動とサプライチェーンの脆弱性を映し出す指標であることを示している。
「中東+1」ネットワークの拡大と国家戦略
コロナ禍を経て、中東と世界をつなぐ「中東+1」の航空ネットワーク規模は20%拡大した。欧米とアジアを結ぶルートの中心に中東が割り込み、韓国の仁川、中国の上海浦東、シンガポール、インドのインディラ・ガンジー(デリー)といった主要空港との結びつきが強化された。とくに、ロシア上空の飛行制限を受けて、欧州から東アジアへ向かう国際線が中東経由へとシフトした。結果として、中東は「新しい空の回廊」として機能し始めた。
2020年のパンデミック初期、ドバイやドーハは一時的に存在感を失ったが、2021年以降は急速に回復している。グローバル航空ネットワークにおける航空輸送能力では、UAEのドバイが急成長を遂げ、2023年には英ヒースローを抜き世界第2位のハブ空港となった。サウジアラビアのジェッダとリヤドを結ぶ国内線の航空輸送量は恒常的に多く、コロナ禍後の2023年10月には、中東では唯一、世界で航空輸送能力が高かった航空路線ランキング上位10位にランクインした。イスタンブールもすべての指標で上位に復帰し、かつての欧州中心主義的なネットワーク構造を塗り替えている。
こうした成長を支えたのは、中東諸国の戦略的な国家ビジョンである。ドバイは「自由経済圏」の設立により、航空・物流・観光・金融を一体化した経済モデルを構築した。さらに「経済10カ年計画D33(Dubai Economic Agenda 2033)」では、2033年までにロンドン、ニューヨークと並ぶ世界3大都市入りを掲げている。重点分野は航空、観光、金融、先端産業の強化であり、人材育成では世界有数の大学誘致プログラムを進め、知のハブ化にも動く。サウジアラビアも「NEOM(ネオム)」構想を柱に、未来都市「ザ・ライン」を建設中だ。全長170キロメートルにおよぶ直線都市は、石油依存から脱却する国家戦略の象徴であり、空港と物流網の整備はそのインフラの中核を成す。
成長の裏に潜む地経学リスク
華々しい経済発展の裏では、中東の空は不安定さも抱えている。2025年6月には、イランの弾道ミサイル発射を受け、カタール、ドバイ、アブダビなど複数の空域が一時閉鎖した。ドーハ発着便のキャンセルや経路迂回が相次ぎ、運航コストが増大した。近年ではGPSスプーフィングや誤警報など、航空機運航を脅かす新たなリスクも増加している。
2026年2月末、米国とイスラエルによるイラン攻撃を契機に紛争が激化し、ドバイを含む主要ハブ空港が機能しなくなった。その後も空域閉鎖や飛行制限が断続的に続き、2026年4月に入っても航空ネットワークは不安定なままだ。これらの事例が示すのは、空港や空域の開閉が単なる運航管理を超え、武器化の手段になり得るという現実である。中東は、世界の空をつなぐ「安定のハブ」であると同時に、地経学リスクが常に隣り合わせにある。成長とリスクに揺らぐこの地域を読み解くことは、空の時代の新しい秩序を理解することにほかならない。



