中国で建国の父、毛沢東が発動し約10年に及んだ文化大革命(文革)の幕引きから6日で半世紀となる。文革の本質は、実権喪失を恐れた毛による大衆動員型の奪権闘争だった。全土に吹き荒れた紅衛兵の暴力は膨大な犠牲と混乱をもたらした。中国では習近平国家主席(共産党総書記)への権力集中が進むが、独裁者の暴走が生んだ悲劇を中国も諸外国も忘れるべきではない。
文革の実態と犠牲
文革は1966年5月、ブルジョア階級の一掃を建前に発動され、「造反有理(造反には道理がある)」を叫ぶ紅衛兵らが過激な破壊行動を展開した。毛の政敵である党幹部、官僚、知識人、芸術家らは凄惨(せいさん)な吊(つる)し上げやリンチに遭い、殺害されたり強制労働に送られたりした。66年夏の北京・大興地区では高齢者や乳児までが惨殺されるなど酸鼻を極める事態となった。極めて多くの書物が没収・焼却され、孔子の墓を含む文化財が破壊された。父母さえも密告する社会は中国の人々の精神性を深くむしばんだ。
終焉と死者数
文革は、76年9月9日に毛が没し、推進役だった「四人組」が10月6日に逮捕されて終わった。少なくとも200万人前後が死亡したとされる。当時、日本では知識人や政治家、メディアに文革を賛美する人々が大勢いた。たとえば朝日新聞は文革を「〝道徳国家〟ともいうべきものを目指す」と持ち上げた。中国の不都合な真実から目をそむける姿勢は今日も厳しく戒めるべきだ。
権力集中と隣国への警戒
中国共産党は文革の反省から個人崇拝を禁じ、集団指導体制を導入した。だが、文革で農村に下放された経験を持つ習氏は今、毛さながらの権力集中に邁進(まいしん)している。習氏は来年秋の党大会で異例の総書記4期目に入るとみられている。独裁者の過誤や暴走による悲劇は文革に限らない。ロシアのウクライナ侵略でも余すところなく示された。プーチン露大統領はウクライナを短期に制圧できると考えて全面侵攻した。侵略は長期化し200万人とも推計される死傷者が出ている。「中華民族の偉大な復興」を掲げる習氏が、経済減速による不満をそらそうと台湾で有事を引き起こす恐れもある。日本は歴史の教訓に学ばない隣国への警戒を怠ってはならない。