編集者・ライターの松本祐貴氏が取材した今村康二さん(仮名・64歳)は、かつて一流電機メーカーに勤めながら年収500万円を捨て、現在は現金日払いの「荷揚げ屋」として30年以上働き続けている。さらに週3回の透析治療を受ける生活を送るが、その選択に後悔はないという。
サラリーマンを2度辞めた理由
今村さんは2度目のサラリーマン生活を抜け出した後、主に荷揚げ屋で生計を立てている。ビルやマンションの引き渡しが年度末の3月末に集中するため、荷揚げの仕事は4月から6月が閑散期となる。その間はオフィスの椅子や机を配送・組み立てる派遣の仕事をしたり、貯金でやりくりしている。
建設業の中でも辞める者が多いと言われる荷揚げを選んだ理由について、今村さんは「仕事の終わりが早いから」と語る。「『終わり仕舞い』といって、昼メシも食わずに13時に仕事が終われば、もう帰っていい。そこからは自由時間です。若い頃は午後にも現場仕事を入れていました。最初は『午後から何をしよう』と、自分でもわからず、戸惑っていました。私は好きな本、例えば中根千枝の比較文化論を読んだりしていました。あとはパソコンの自作が趣味です」
収入は月20万円、結婚の機会もなく
しかし、すべてが順調というわけではない。「月の収入は20万円ちょっとなので、飲み歩くお金もないですし、女性っ気がなかったので、結婚は機会がありませんでした。仕事をたくさん入れて、ガンガン稼ぐ方向にもいきませんでしたね」と自嘲する。
それでも今村さんは今の生活を後悔していない。「あのまま会社にいても、サラリーマンの生存競争に残れなかったと思います。あの会社には部下がいない役職があるんですよ。年功序列なので役職が必要ですが、仕事ができるわけではないので、ひとり部長やひとり課長という窓際族に追いやられます。私が辞めた後にも大きなリストラがあったし、子会社もどんどん統合され出向先もありません。どこかのタイミングでは辞めていたと思います。お金の面では、残っていれば年収もそれなりにあり、家庭も持っていたかもしれませんけどね」
組織に戻らず選んだ自由
コンピューターの専門知識もある今村さんなら、サラリーマンに戻ることもできたはずだが、組織に戻る選択はしなかった。「企業に勤めるより、今の方がはるかに自由です。だから後悔はしていないんです。ただ週3回の透析だと、海外旅行は日帰りになってしまいますね(笑)」と冗談めかす。
64歳となり、サラリーマンなら定年に近い年齢。大企業に残り競争し続ける人生と、13時に仕事が終われば自由な日払い暮らし。どちらが正しいかは簡単に言えない。今村さんは年金や保険も払っているが、いつ仕事ができなくなるかという不安もある。取材の終わり際、透析の針を受け続けてきた太い腕が目に入った。その逞しさは、自分で人生を切り拓いてきた重みを感じさせた。



