ゆで太郎、駅前の常識を覆す郊外ロードサイド戦略で22年連続黒字を達成
ゆで太郎、駅前の常識覆す郊外ロードサイド戦略で黒字達成

立ち食いそばチェーンのゆで太郎は、駅前やオフィス街ではなく、郊外のロードサイドへ出店先を広げることで、ライバルの少ない市場を開拓してきた。2007年の初出店から大幹線道路沿いまで立地を拡大し、現在は全国200店舗超を展開する。

駅前の常識を疑う

立ち食いそばは駅前やオフィス街で戦う商売とされる。富士そばは「自分たちは不動産屋だ」と語るほど、駅前の一等地を押さえることが勝負となる。しかし、ゆで太郎は「町のそば屋なら駅前である必要はない」と考え、出店戦略を一変させた。

最初のロードサイド出店は2007年10月、千葉県の五井白金通り店だった。初めての挑戦で、万が一うまくいかなくても会社が倒れない状況になった時に出店に踏み切った。結果は「大当たり」となり、現在のゆで太郎の新たな出発点となった。

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大幹線道路への挑戦

当初は大幹線道路を避け、片側一車線の生活幹線と呼ばれる道を中心に出店していた。弁当屋出身の経験から、車が止めづらく駐車場も不要な立地がコンパクトな経営につながるとの思い込みがあったためだ。

その考えを変えたのは加盟店のオーナーだった。持ち物件が大幹線道路沿いにあり、「ここでゆで太郎をやりたい」と申し出たのだ。ゆで太郎側は「あまり自信がない」と正直に伝えたが、オーナーは家賃がかからないことを理由に出店を決めた。これが茨城県つくばみらい市の谷和原店で、片側3車線の大幹線道路沿いにもかかわらず、素晴らしい売り上げを見せた。

「牛丼屋もラーメン屋も幹線道路沿いに出店していますから、ゆで太郎が売れないわけはなかった」と振り返る。この成功で確信を得たゆで太郎は、その後、国道50号、18号、環七、甲州街道といった主要道路にも出店を続けた。

郊外こそブルーオーシャン

ゆで太郎の歴史は、オフィス街から始まり、生活幹線道路、住宅地、駅前、そして大幹線道路へと立地の選択肢が広がっていった歴史でもある。そば屋というカテゴリーで見れば、ライバルはほとんどいないという。

「駅前はレッドオーシャンに見えたけれど、私たちが出ていった場所にはライバルがいなかった。郊外こそがゆで太郎が見つけたブルーオーシャンだった」。競争を避けるのではなく、最初から空白地帯を狙う戦略が、22年連続黒字を支えている。

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