一流電機メーカーを辞め、現金日払いの荷揚げ屋として30年以上働き続ける64歳の男性がいる。今村康二さん(仮名)は、年収500万円を捨て、現在は透析を受けながらもこの生活を続ける。その背景には、過酷な残業とバブル崩壊後の職場環境の変化があった。
過酷な労働環境と決断
今村さんは入社数年でリーダークラスに昇進したが、残業時間は月130時間以上、週に1回は徹夜だった。バブル崩壊後、会社が利益率に厳しくなると、タイムカードは定時で切らされ、サービス残業が常態化した。ある日曜日、翌日提出の提案書を作るため出社したが、電源が落ちていたため公園で同僚と打ち合わせ、そのまま徹夜で月曜日の営業に向かった。この経験が「そろそろ潮時かな」と思わせた。
転勤先の小さな支店では、本社と情報の質と量が大きく異なり、仕事への情熱が冷めた。別業種の子会社への道もあったが、コンピューター以外に興味を持てなかった。上司たちを見て、課長クラスになれば子会社へ出向し、部長以上に残れるのは同期のごく一部だと悟った。
世界一周への決意
今村さんは上司に「会社を辞めます。世界一周に行きます」と宣言した。それまでもゴールデンウィークや年末年始に短い休暇を使い、アメリカや中国などを訪れていた。同僚にも海外旅行好きは多く、理由は「上司や客先からの問い合わせの電話に追いかけられないから」だった。休暇中に実家へ電話がかかってくるのは当たり前で、新婚旅行先のホテルにまで電話があったという。
現金日払いの生活へ
退職後、約90日間の世界旅行で資金が底をついた今村さんは、現金日払いの荷揚げ屋として働き始めた。30年以上続ける今も、透析治療を受けながらこの仕事を選んでいる。その理由について、今村さんは「正社員の道ではなく、自分のペースで働ける自由を選んだ」と語る。



