荷揚げ屋として働く今村康二さん(仮名・64歳)は、日本を代表する電機・コンピューターメーカーを退職し、30年以上にわたり現金日払いの荷揚げ作業に従事している。その背景には、健康上の理由や生き方の選択があった。
過酷な荷揚げの現場
「荷揚げの仕事は10人中9人が1週間で辞めます。短い人なら初日の10時の休憩で消えます。1週間は『新人』と呼ばれ、それ以上現場に来ることができると、やっと名前を覚えてもらえます」と今村さんは語る。自身も初日は手が震えて箸が持てず、おかずを箸で刺して食べたという。
1990年代に始めた当初の日当は8000円。現在は1万円から1万1000円程度だが、荷揚げではなく手元作業などの雑用に回されると、日当が6000円になることもある。50代以降は重量物を避け、アルミサッシなどの軽めの荷揚げ現場を選ぶことが増えた。時にはアンカー打ちや玄関の鍵取り付けなど、職人のような仕事も請け負う。
一流メーカーを辞めた理由
今村さんは両親が教師という厳格な家庭に育ち、関西の私立大学を卒業。1988年に就職したのは、従業員10万人超、就職ランキングトップ10に入る人気の電機・コンピューターメーカーだった。コンピューターの法人営業を担当し、数億円単位のリース契約を扱った。ノルマは厳しく、期末には伝票操作で売り上げを調整することもあったという。
しかし、バブル末期の長時間労働が美徳とされる時代、今村さんは体調を崩し、透析治療が必要となった。年収500万円を捨て、過酷な荷揚げ屋を選んだのは、自分のペースで働きながら治療を続けるためだった。
透析と両立する日々
現在も週3回の透析を受けながら、荷揚げの仕事を続ける今村さん。「体力的にはきついが、自由な時間がある。会社員のように縛られず、自分の身体と向き合いながら働ける」と語る。日雇いならではの不安定さはあるが、現金即日払いのメリットも大きい。



