月70時間の残業は当たり前の部署
数カ月の休養を終え、職場に復帰した元電通社員の藤沢涼氏(現在はLamir社長、2012年に電通を退社)を待っていたのは、外資系クライアントを担当するメディアビジネス推進部だった。体調に配慮した部署を用意してもらえると期待していたが、そこは月70時間の残業が当たり前の部署で、復帰直後から体調不良に陥った。
部長とその部下たちからは「だから、病人はきついよな」「もっと優秀な奴、欲しいよな」といった嫌みが聞こえるように言われた。通院のために勤務中に抜け出す際も、口では「ああ、行って来い」と言いつつ雰囲気で圧力をかけ、病院から戻ると「ずいぶん、遅かったな」と追い打ちをかける。精神的なダメージは大きく、藤沢氏は経理担当へ異動。その後、営業を志願したが、心身ともに耐えられず再び経理を担当した。
大組織改革で「ふりだし」へ
2012年4月、電通社内で大規模な組織改革が行われ、藤沢氏にテレビのローカル局を担当する部署への異動が発令された。その部署は、新入社員時代に人格を否定され、暴力も受けた「一番の暗黒時代」を象徴する場所だった。殺伐とし、罵詈雑言が飛び交う部会の記憶がフラッシュバックし、吐き気を覚えたという。
藤沢氏は上司に「異動は、ナシにしてもらいたいです。僕がここまで来た経緯を見てもらえればわかるはずです。自分でも病気を抱え、会社に迷惑をかけているということはわかっています。だけど、そんな僕を、また一番きつかった部署に戻すということだけは受け入れられません。会社として正しい判断だと思えません」と訴えた。しかし、上司は「いや、もうこれは役員の決定事項になっているからさ。本当に無理だったら、また異動願い出せよ」と取り合わなかった。
ネット時代に「絶対的ガリバー」ではいられない
作家で『ルポ 電通 「日本最大のタブー」決壊の深層』(清談社Publico)の著者である大下英治氏は、テレビ広告で頂点を築いた電通も、メディアが無限に誕生するネットの世界では「絶対的なガリバー」ではいられなくなる、と指摘する。テレビ広告の時代に絶対的な存在だった電通も、ネット時代にはその慢心が命取りになり得るという見立てだ。



