真言密教の聖地・高野山(和歌山県高野町)で今夏、産官学と芸術、宗教の専門家らが社会課題の解決策を探る「高野山会議」が開かれた。空海が1200年前に根本道場と定めた地で、活発な意見交換が繰り広げられた。
発電大手など3社が設立したフォーラムが加わり規模拡大
この会議は、東京大学先端科学技術研究センターが作った会議を母体に、発電大手のJERA、三井住友銀行、あずさ監査法人の3社が設立した「社会的価値共創フォーラム」が加わる形で規模が拡大した。
JERAの奥田久栄社長は「企業活動が社会問題の解決につながらなくては持続できない。真の社会課題を見つけるには感性が必要」と述べ、知性と感性の融合の重要性を経営者に訴えてきた。
今年は7社のトップが参加、若手による「青少年高野山会議」も
今年は新たに出光興産の酒井則明社長、IHIの井手博社長らが加わり、計7社のトップが参加した。酒井社長は参加の狙いについて「(社会課題の解決に向けて)会社として様々な取り組みはしているが、社内にとどまっている部分がある。(高野山会議という)もっと広い場所で自分たちも発信していけると考えた」と語った。
8月20日から22日まで行われ、300人超が集まった会議では8つのパネルディスカッションが開催され、のべ40人以上の有識者が議論に加わった。
また、学生や社会人になりたての若者らによる「青少年高野山会議」も開催。彼らは昨年10月から約1年間、ロボティクス、脳科学、世界的指揮者との対話、舞踊集中講義などで思索を深め、その集大成としてパネル展示や舞踊、楽器演奏などを披露する成果発表と修了式を行った。奥田社長は「昨年会った時の印象とはまったく違い、異文化や異なる考え方に対する許容度が広がっていた」と評価した。
「ひとはなぜ戦争をするのか?」をテーマに議論
パネルディスカッションで取り上げられたテーマの一つが「ひとはなぜ戦争をするのか?」だった。会議発足時から継続して議論されているテーマで、パネリストは以下の5人、モデレーターは東大先端研所長の杉山正和氏が務めた。
- 小和田恆氏(元国際司法裁判所所長)
- 小泉英明氏(東大先端研フェロー)
- 酒井則明氏(出光興産社長)
- 安田洋祐氏(政策研究大学院大学教授)
- 添田隆昭氏(蓮華定院住職、前高野山大学学長)
杉山氏は「100年ほど前にアインシュタインとフロイトという偉大な学者が『人はなぜ戦争をするのか』について手紙のやり取りをした。戦争をいかに減らしていくのか、被害や規模の拡大をいかに防ぐのか、その方法を見い出したい」と述べた。
小和田氏は「戦争や紛争を解決する手段として、なぜ武力が選ばれるのかが重要だと考える。国内には、警察や裁判所といった秩序があり、個人が納得しなくても争いを治める仕組みがある。しかし、国際社会は『国と国との合意』で成り立っており、国が同意しなければルールに縛られないという状態だ」と指摘。「過去に国際連盟は、国際組織の力で戦争を防ごうとしたが、失敗した。国家が自分の権利を手放さなかったからだ。その後の国際連合では、米英、ソ連が『世界の警察官』になることで合意したが、冷戦で機能しなくなった」と説明した。
その上で「戦争を防ぐには、国民の声を国の決定に反映させる仕組みを少しずつ作るしかない。例えば、戦争について国民の意思を問う仕組みを入れたり、国連総会で圧倒的多数の国が決めたことを『国際社会の総意』として認める仕組みを作ることが大切だ」と訴えた。
経済的相互依存や長期的な関係が戦争防ぐ鍵に
酒井氏は「戦争は経済活動にとても大きな被害を与える。中東紛争も、日本のエネルギーコストを大きく引き上げている」と指摘。「戦争を防ぐ一つの方法は、国と国との間でビジネスを通じた経済的な相互依存を徹底的に強めることだと考えている。経済的な結びつきが強ければ、国を破滅させるような戦争は起こしにくくなる」と述べた。
安田氏はゲーム理論の観点から「人はなぜ協力するのか、なぜ戦争をしないのか」という視点で考察。協力が生まれる理由として、裏切った人に罰を与える「ルールや強制力」、道徳心や公共心、「長期的な関係」、「交渉と合意」の4つを挙げた。
特に「長期的な関係」については「関係が長く続く場合、今日裏切ると明日以降は協力してもらえなくなる。『長い目で見れば損をする』と分かるため、自分勝手な国であっても協力が生まれやすくなる」と説明。さらに「戦争をすると、得られるはずだった利益(パイ)が壊れて、減ってしまう。事前に交渉して分け合った方がお互いにとって得になる。実は、兵器が強力になって戦争で壊されるものが大きくなるほど、『戦争するより交渉した方がマシだ』という状況が生まれ、交渉がまとまりやすくなるという理論的な結果もある」と述べた。
添田氏は「お釈迦様でさえ自分の国が攻め滅ぼされるのを止めることはできなかった。宗教によって戦争を止めるのは難しいというのが正直なところだ」と率直に語った。その上で、日本の過去の戦争(日清、日露、太平洋戦争など)を振り返り、「そこには『国民の熱狂』があった。自分の家族が戦場に行き、血を流している。そして『国が立ち行かなくなるかもしれない』というギリギリの状況に追い込まれた時、国民は戦争に向かって熱狂して突き進んだ」と指摘。「戦争を防ぐには、相手の国を『もう国として成り立たない』というところまで追い詰めないことが大切だ。日頃から経済的な関係などを結び、『相手がいなくなると自分たちも困る』という状況を作っておくことが重要だ」と述べた。
杉山氏が「裏切った国に罰を与える」ことについて「罰がきつすぎて相手の国を追い詰めると、相手の国民が熱狂して暴発してしまう。罰の与え方はどうすればよいか」と問いかけると、小和田氏は「国際社会はそれぞれの国が自分で判断して動いているため、第一次世界大戦後のドイツへの重い賠償のように無理やり押し付けられた罰は不満を生み、暴発につながる」と応じた。
小泉氏は「かつて中東で、イスラエルとパレスチナの間で『オスロ合意』という取り決めができたことがある。正しい歴史や事実を調べた上で、数か月間、徹底的に交渉をして合意に至った」と紹介。小和田氏は「オスロ合意は、当時のリーダー同士が合意できた。しかし、その後リーダーが代わり、国内の賛同を得られなくなったために機能しなくなってしまった」と振り返った。
最後に杉山氏は「国民が熱狂しないためには、国民一人ひとりが客観的な情報を見て、正しい判断をすることが必要だ。しかし今は、SNSなどで自分と同じ意見ばかりが集まる『エコーチェンバー現象』が起きている」と指摘。安田氏は「SNSなどによって意見が分断されやすくなっている。しかし、技術から生まれた問題は、技術で解決できる部分もあると思う。例えば、台湾のオードリー・タン氏が進めているように、自分とは違うグループの人たちにも情報が届きやすくなるようにシステムの仕組み、アルゴリズムを変えることはできる。分断を乗り越え、人々の意見をうまくくみ取る仕組みを作っていく余地はまだまだたくさんある」と締めくくった。



