東京23区の中で、再開発の波がほとんど及ばない街として知られる小竹向原。練馬区と板橋区の境に位置し、東京メトロ有楽町線・副都心線、西武有楽町線の3路線が利用できる便利な立地でありながら、駅前には大型商業施設や高層マンションがなく、閑静な住宅街が広がっている。この街の特徴と、なぜ再開発されないのかを探る。
駅前の様子:チェーン店はあるが商店街はなし
小竹向原駅の周辺には、戸建てや小規模な集合住宅が立ち並び、所々に居酒屋などの商店が見られるものの、まとまった商店街は存在しない。駅の3番出口と4番出口の間には要町通りという幹線道路が通り、その沿道にはセブン-イレブン、ディスカウントストアのBig-A、ガスト、ツルハドラッグ、キャンドゥなど、見慣れたチェーン店が並ぶ。しかし、生活に必要な最低限の品が揃う程度で、店舗数は極めて少ない。
これまで本連載で取り上げてきた再開発されない街では、駅前の幹線道路沿いに中層マンションが建つパターンが多く見られたが、小竹向原では幹線道路沿いの建物も2~5階程度の低層建築が中心だ。一部に大規模マンションはあるものの、タワーマンションや高層ビルはなく、要町通りを走る車の音を除けば非常に静かな住宅街である。上京したての新社会人にはやや刺激が足りないかもしれないが、落ち着いて暮らせる環境と言える。
歴史的背景:長らく農村だった小竹向原
東京23区とは思えない低層で閑静な街並みの小竹向原は、どのような変遷を経て現在の姿になったのだろうか。練馬区では縄文土器をはじめとする遺跡や文化遺産が数多く発見されている。小竹向原駅から徒歩5分ほどの場所にある小茂根図書館一帯は根ノ上遺跡と呼ばれ、旧石器時代から縄文、弥生、古墳、平安時代にわたる遺跡が発掘されている。板橋区の向原にも、旧石器、縄文、弥生時代の遺跡である向原遺跡が存在する。
これらの遺跡は、この地域が古くから人が住み続けてきたことを示しているが、同時に長い間農村地帯として発展してきたことも意味する。大正時代までは田園風景が広がり、本格的な宅地化が始まったのは1929年(昭和4年)頃からである。その後も大規模な開発が進まず、低層住宅が主体の街並みが維持されてきた。
再開発が進まない理由
小竹向原が再開発されない理由としては、以下の点が挙げられる。
- 地盤の問題:この地域はかつて沼地や田んぼが多く、軟弱地盤のため高層建築に適さない。
- 土地利用規制:練馬区と板橋区の境界に位置し、両区の都市計画が複雑に絡み合い、大規模な再開発が進みにくい。
- 住民の意向:静かな住宅環境を好む住民が多く、大規模開発に反対する声が強い。
これらの要因が重なり、小竹向原は23区でありながら、あえて再開発の波に乗らない独特の街並みを保っている。
まとめ:住み心地抜群だが刺激は少ない
小竹向原は、3路線が利用できる交通利便性の高さと、閑静な住宅環境が両立した住み心地の良い街である。一方で、商業施設が少なく、若者向けの娯楽や飲食店が限られているため、新社会人には物足りなさを感じるかもしれない。しかし、落ち着いた生活を求める人にとっては、23区とは思えない静けさと緑豊かな環境が魅力だ。再開発されないことが、この街の個性を形作っていると言えるだろう。



