一つの場所に定住せず、各地を巡り暮らす人は「住所」と「飛び回る」をかけ「アドレスホッパー」と呼ばれる。「ノマド(遊牧民)ワーカー」とも称され、IT技術を活用し、世界的に活躍する「デジタルノマド」もいる。働く場所にも、暮らす場所にも縛られない自由な生き方は多くの人の憧れだ。地域に活力をもたらす「関係人口」としても期待されている。
出張料理人・蒲原さんの生き方
料理人の蒲原ゆばこ(本名・尚子)(43)は、国内外の飲食店の開業支援や出張料理を手がける。呼ばれてニューヨークにすしを握りに行くこともある。大阪・関西万博のイタリア館のジェラート開発にも携わった。住まいは仕事のある場所で、この1年は京都のシェアハウスを拠点に、月の半分を各地で過ごす。
福岡県出身。19歳で東京に出て、栄養士の専門学校で学んだ。社員食堂での勤務後、デパ地下の総菜店の開業などに携わり、銀座の日本料理店で約7年間、板長を務めた。毎日、板場に立つ中、魚が取れる地域や旬の時期が変わりつつあると感じていた。「料理人として何ができるか」と考え、食材のある場所に出向くスタイルを思いついた。
40歳で退職し、ニューヨークに2か月滞在して約50店を食べ歩いた。そこで、農場と一体運営しているレストランに巡り合い、「これを日本でやりたい」と思った。自前の農地もレストランもなく、出張料理人として、各地に理想のレストランを作る道を志した。
土地の魅力を伝える武市さん
松山市で中小企業や個人事業主の経営を支援する会社「まどんなクリエイト」を営む武市栞奈(32)も、月の半分を松山、もう半分は全国を転々として過ごす。大卒後、地元銀行で5年間勤めた。無理難題でも「ゼロ回答はしない」がモットーの仕事ぶりを評価するかつての取引先から広報やIT、資金調達関連の仕事を頼まれ、「お手伝いできれば」と21年に起業した。
オンライン中心の働き方で経営者の役割を果たす傍ら、各地で町おこしの仕事に駆け回る。行く先々で新たな出会いがあり、「遊びにおいで」「遊びに行こう」と誘い合う。今年7月、福島県の山あいに位置する川内村を仲間5人と訪れた。「『はじめまして』でも家族みたいに接してくれる距離感が心地よくて」、約1年ぶりに再訪した。今回は村総務課の秋元喜夫(37)の祖母が使っていた空き家に1週間ほど宿泊した。
村は東京電力福島第一原子力発電所事故で一時、全村避難を余儀なくされた。ワーケーションにも使える共有オフィスを作り、村の再起につなげようと、実績のある愛媛に秋元ら3人の視察チームを送った。ワーケーションの業界団体から「松山に行くなら、会った方がいい」と紹介されたのが武市で、意気投合した。「今までは被災地としか見られていなかったが、本当に地域を好きとか面白いとか思ってくれる人がやっと村に来てくれた」と秋元。武市は、今回のように気に入った場所への旅を企画するほか、土地の魅力を伝えるイベントの開催にも力を入れる。
新ビジネスと国の支援
旅行先や出身地など、現在の居住地以外の地域と関わりを続ける「関係人口」が注目されている。消費や仕事、交流を通じ、地域に活力を生む効果が期待されるためだ。国土交通省は18歳以上の関係人口は約2200万人に及ぶと推計。2地域居住を促す取り組みを支援する事業を始めた。
不安定さもある「遊牧民」の生活を支える新ビジネスも生まれている。「ADDRESS(アドレス)」は、全国約300か所の住宅などを定額で貸し出す。例えば月15泊できるプランは5万4400円。2018年の創業以来の利用者は数万人、利用をきっかけに移住した人は数百人に上る。
1990年代は、組織に属さない「フリーランス」が若者の新しい生き方として注目された。当時の自由が主に雇用形態を選ぶことだったとすれば、デジタル技術の進化も相まって、働く場所や暮らす場所まで選択肢は広がった。アドレス代表取締役の佐別当隆志(49)は、「働く場所や住む場所は人の可能性を押さえつけてきた。どこで暮らして、どこで働いてもいいよとなれば、本当にやりたいことが見つかる」と話す。
デジタルノマドの世界的広がり
米デジタルノマド関連サイト「A Brother Abroad」が2024年に公表した推計では、世界で活動するデジタルノマドは約3500万人、市場規模は7870億ドル(約120兆円)に上るとされ、各国が誘致を競う。日本も24年4月、年収1000万円以上などの要件を満たす外国人らを対象に、最長6か月滞在できるデジタルノマド向け在留資格の運用を始めた。滞在中の消費や地域との交流による経済効果が期待され、福岡市や静岡県下田市など各地の自治体も誘致に力を入れている。



