住宅街の家から浜へ出勤する「通いのボス猫」ケンジ。毎日姿を見せるわけではなく、いわば非常勤のボス猫として、その不思議な立ち位置を今もゆるくキープしている。ケンジのいない浜でも、猫たちの一日はいつも通りに始まる。ごはんを待ち、それぞれお気に入りの場所で眠り、気に入らない相手が近づけばにらみを利かせる。
浜のゴッドマザーと猫たち
浜の中心にいるのは、12歳のゴッドマザー「トラばぁ」と、その血を引く「トラ族」だ。浜で暮らす8匹のうち5匹がトラばぁの血を引いており、一大勢力を形成。トラばぁはいまだに狩りへ出かけ、ネズミをお土産に持ち帰る達者な猫である。ボス猫はケンジということになっているが、猫たちから本当に一目置かれているのはトラばぁだったりする。
一方、誰とも徒党を組まない「おっぱ」は単独行動。「ダッシュ」は素早く駆け回り、「ふたっちゅ」は隠密行動を得意としている。それぞれが自分の場所と暮らし方を持っているため、ケンジがいなくても誰も困っている様子はない。
消えた敵と変化した役割
かつてケンジには、季節ごとに現れる見知らぬオス猫を警戒し、浜へ簡単に入り込ませないという大切な仕事があった。ところがこの数年、浜では見知らぬ猫をほとんど見かけなくなった。敵が来ないなら、ボス猫の仕事とは何だろう。トラ族はトラばぁを中心にまとまっており、おっぱは誰かにまとめられる気がない。ケンジが来なくても浜は今日も平和である。
人間を引きつける守護猫へ
それでもケンジは浜へやってくる。ひと回りすると、いつもの場所にどっかりと腰を下ろす。猫たちは特に盛り上がらないが、人間は違う。遠くから大きな猫がゆっくり歩いてくると、「ケンジが来た!」と声が上がり、浜がにぎやかになる。盛り上がっているのは猫たちではなく人間だ。
敵のいなくなった浜で、今のケンジにかつてのようなボスの仕事は残っていないかもしれない。しかしケンジがいることで、人間は浜の猫たちに目を向け、猫を知り、猫を心配し、暮らしを見守るようになる。ケンジは今も浜のボス猫だが、その役目は少しずつ形を変え、猫と人間をつなぎながら浜を見守る「守護猫」のような存在になっている。



