奈良時代の郡役所中心施設「郡庁院」が南相馬市の泉官衙遺跡に復元完成 夏休みの親子連れらで一般公開初日ににぎわう
奈良時代の郡役所中心施設「郡庁院」が南相馬市の泉官衙遺跡に復元完成

一般公開初日となった1日、南相馬市原町区の泉官衙遺跡には、夏休み中の多くの親子連れらが訪れた。お目当ては、奈良時代の郡役所の中心施設「郡庁院」の復元建物だ。発掘調査の成果を基に、入り口となる南殿と、左右に連なる掘立柱塀が再現された。

市教育委員会によると、遺跡は現在の南相馬市や飯舘村などの範囲を治めていた陸奥国行方郡の役所。東西約1キロ、約11・5ヘクタールの範囲に、税として徴収したコメを収める正倉院や、来客をもてなす館院などが配されていた。

政務や儀式を担った郡庁院

このうち郡庁院は、政務や儀式を行うための場所として重要な役割を担っていた。南北約50メートル、東西約45メートルの敷地には中央に正殿、それを取り囲むように東西南北に建物が配置され、塀が四方を囲んでいた。時代によって建物の位置に違いはあるが、今回は奈良時代の様子を再現。同時代の建造物の復元は県内初という。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

整備に当たっては、文献などがないため、当時の建築を可能な限り再現するため遺跡の調査や絵巻、現存する建物を参考にした。南殿は横約19メートル、縦約4メートルの細長い建物。敷石が出土していることから、前庭には石を敷いて格式の高い空間を再現した。

当時の技法で部材を再現

柱や壁に使う丸太や板はチョウナ(手斧)やヤリガンナで削り、荒々しさを残した。当時は均等な板材を入手できなかったという考えから、屋根や塀の板材はあえて幅が異なるものを使用している。塀の板は大きさがまちまちで、柱と塀の表面はチョウナで彫られている。

初日は約100人が解説に耳を傾ける

一般公開初日の1日には、市教委文化財課の職員による解説会が開かれ、市内外から訪れた約100人が耳を傾けた。同課の担当者が「当時は中央集権の色合いが強かった。地方政治の舞台がどのような場所で行われたのかを示す重要な拠点だ」などと説明すると、参加者たちは深くうなずいていた。

同市原町区の男性(68)は「この時代に今の南相馬の原型が作られたのかと考えながら見学した。大変勉強になった」と話していた。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ